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YMOじゃない?もしかしたらYMO?
こんにちは🌸さくら🌸開花予定日じゃけど、雨今年は遠出する予定はないけん、平和大通りの桜や近所の公園の桜を満喫しようかなと思ってます体調は、良くも悪くもかわらずかな。身体はどっかは必ず痛むし、倦怠感祭りじゃし。ただ生理の周期やら日数やらガタガタきだしたので、いよいよかなとこうねんき生理が来そうで来んから微熱が長い!!!今月は2週間ぐらい37.2~5℃生活でした。さすがにちとしんどかった🔥生理前はメンタルや、胃の調子も悪くなるので、ドンペリドンや太○胃散必須💊ドンペリドンはあまり連
ここから先は、今私が記憶している出来事の中で、これは言っておきたいと思う事を、思いつくままに、書いて行こう。あくまでも、書きたいことを書くので、読まれる方からすれば、物足りなさを感じたり、不快な気分になるかたもいるのだろう。その辺は私的なblogだと云うことでお許し頂こう。とにかく、戦犯は誰?的な物は書くつもりが無い。それでは何故、内容の大半をあたかも永島勝司氏がWJ崩壊の一番の戦犯だとでも言うかのような書き方をしているのかと思う方も居ると思い、改めて事情を説明しようと思う。彼はプロ
お元気ですかっっ!!久し振りの記事更新となってしまいました。記事更新が滞るのは、そもそも筆が遅いからなのですが、今回はやはりあの放送のせいかと…MUSICFAIR-フジテレビMUSICFAIR-オフィシャルサイト。毎週土曜夕方6時放送。日本の音楽番組をリードし続けている長寿番組「ミュージックフェア」。毎週多彩なゲストを迎えお送りしています。ミュージックフェアが持つ『良質な音楽』『映像美』と楽しいトークをお楽しみ下さい。www.fujitv.co.jp先般の『ミ
長瀬智也主演のドラマ「俺の家の話」の最終回のラストシーンで、長州力の「またぐな!」が出て感激した。知っている人はよく知っている「またぐな事件」だが、あれは2000年の話なので、新しいプロレスファンでも知らない人はいると思う。もう21年も前とは思えないほど記憶に新しい。1999年当時、大仁田厚は長州力との電流爆破マッチを実現させようと孤軍奮闘で奔走していたが、新日本プロレスも長州力もなかなか試合を決定しない。新日本プロレスの幹部が大仁田厚を説得する。「長州力と電流爆破マッチ
武藤と蝶野が、例の「地上げ三銃士」を呼び出しておりました。金になる神室町ヒルズ計画の奪還に協力を要請します。桐生ちゃんが兄さんの側近wwなんか、東城会の人たち何やってんすかね…人生イロイロだなぁおい(笑)二人をぶっ倒してヒルズ計画を奪う。それがこの悪徳不動産どもの使命です!まずは金になるなら何でもやる藤波が承諾。そして長州も乗ってきました。ドラゴンと革命戦士はやる気ですが、天龍は最近地上げしてないそうです。天龍は桐生ちゃんのこと知ってるのか意味深な雰囲気ですね。とに
お元気ですかっっ!!聖なる子と書いて聖子。聖子さんがかつて降臨した地を訪ねる聖地巡礼シリーズ。おかげさまで…↑(2024/4/2)この巡礼シリーズ、新日本プロレスファンの方々に人気なのでしょうか!?そういう仕組みではないですよね(^^;)さて、前回記事の予告通り、今回は山口巡礼編です。私の中で山口県といえば、長州力さんの出身県ということになります。観光大使のようなこともされてましたね(今も?)。長州さんはいわゆる『かませ犬発言』に端を発した藤波選手と
1983年11月3日、蔵前国技館で新日本プロレスVS維新軍の全面対抗戦が行われた。新日正規軍からは、アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰巳、前田明という精鋭中の精鋭だ。本気度がうかがえる。維新軍は長州力、キラー・カーン、アニマル浜口、谷津嘉章。リング上には4本のロープ。そして幕でロープを見えなくして、リングサイドの8選手が互いにロープをつかむ。この場で初めて対戦相手がわかるという仕組みだ。長州の相手は前田。猪木と闘いたかった長州は露骨にがっかりした顔を見せた。前田はガッツポー
俺達のプロレスラーDX第147回彼がいた時代~血の一滴になっても俺はプロレスラーだ!~/福田雅一最近ふと思うのだ。そう言えば私は子供の頃、何になりたかったんだろう。どんな人に、私はなりたかったんだろう。最近こうも思うのだ。例えばもし、今日私が突然死んだら、どうなるんだろうか。でも、私が死んでこの世界からいなくなって、いったい誰が困るんだろうか。多分家族は泣くだろう。他にも、涙を流してくれる人は何人かはいるはずだ。でも仕事なんて、ちょっと困るのはせいぜい二、三日だ。この席に違
待ち合わせの時間まで少し時間があったので寄ってみた。スレンダーと普通体型の間位のスタイル良い小綺麗な感じの女性が2人。姉妹かな?って思うくらい顔が似てる。日本語も上手い。と全く喋らない長州力が1人。オイルは要予約と書いてあったのでタイマッサージを選択した。隣で施術中のお姉さんのおしり柔らかそうだなって思いながらマッサージ受けて、自分をマッサージしてくれてるお姉さんのしりも足に触れて柔らかくて気持ちいいなと思った。マッサージもしっかりやってくれて気持ちよかった。当たり前だけ
2005年の出来事。当時、新日本プロレスの長州力現場監督はよくキレていた。長州力も昭和のプロレス黄金期を知っているレスラーなので、低迷するプロレス業界を立て直そうと必死だったのかもしれない。80年代を知らないレスラーは、長州力の激怒の理由もわからなかった可能性はある。「プロレスの底力はこんなもんじゃない」という思いが長州力にあったのではないだろうか。しかし時代の荒波は厳しい。2005年といえば、K-IやPRIDEなど、プロレスに代わる格闘技イベントが人気を集めていた。
新日本プロレス対UWFインターの対抗戦は、本当に刺激的な興行だった。長州力は普段のプロレスでアマレス技を出すことはほとんどない。本人も言っている。「俺の場合は、殴って、蹴り上げてれば試合が成立するから。だから余計なことはしないんだ。ドロップキックとかさあ」全日本プロレスでファイトしていた頃は長州力もドロップキックをやっていたが、そのうちやらなくなった。若い頃と比べると、長州力はファイトスタイルが少しずつ変わっていった。昭和の時代は、新日本でも全日本でも、ハルク・ホー
1984年からは長州力率いるジャパンプロレス軍団が全日本プロレスを主戦場に暴れまくっていた。そして、1985年の「激闘!エキサイティングウォーズ」には、ついにあのザ・ロード・ウォリアーズが全日本プロレスに参戦した。キングコング・ブルーザー・ブロディは初来日以来、全日本プロレスのリングを盛り上げた大功労者だが、このシリーズではタッグマッチばかりで、特に6人タッグマッチが多かった。華々しく活躍する長州力と違い、ブロディはシングルのタイトルに挑戦する機会もない。自分を軽んじ、長
2007年1.4東京ドームの第4試合は危険な8人タッグマッチ。新日本プロレスのリングにブードゥーマーダーズが登場した。長州力、中西学、飯塚高史、山本尚史VSジャイアント・バーナード、TARU、RO'Z、諏訪魔。放送席には高山善廣がいる。ブードゥーマーダーズのコールが終わるとTARUが水を広範囲にまき散らした。ゴングが鳴る前に8人が入り乱れの場外乱闘。水は放送席まで飛んだらしく、高山は「俺まで水浸しになっちゃったよ」とキレ気味。ゴングは鳴ったが延々場外乱闘
一昨日は長州力さんの長女の有里さんの結婚式が目黒の八芳園で行われ、ご招待していただき、出席させていただきました。チャペルでの結婚式から参列させていただいたのですが、扉が開き、入ってきた長州さん…既に号泣どうしようかと思いましたやっぱり親なのですね無事に式は行われ、外では新郎新婦はフラワーシャワーも浴びました新郎の池野慎太郎さんと有里さん。慎太郎さんとは何度かお会いし、お話をする機会もありましたが、とても真面目でやさしく、また気遣いも出来る姿は、私よりも10歳以上年下なのですが、私よりも大人
◆AERAdot.2022/02/1307:00天龍さんが語る「長州さん、天龍に勝ちましたね!」ひと言多いプロレス界イチやっかいな男の“性格”-略-そんなやっかいな連中がうようよしているプロレスラーの中で、特に変わった性格なのがケンドー・カシンだな。こいつこそ真のへそ曲がりだ。普通に事が運ぶのをよしとしなくて、話をぐちゃぐちゃにして、上に対しても物怖じしないし、ややこしい奴だよ。俺が新日本プロレスのリングに上がっていた当時、現場監督だった長州力と一緒に飲んでいて、ち
EVEです。昨年末に行って来た群馬県は甘楽郡甘楽町にあります「こんにゃくパーク」のレポの第4弾です。前回のブログの続きになります。お土産コーナーでお土産を買った後はいよいよ工場見学です。2階に上り渡り廊下で工場に移動します。・・・と、途中でゲームコーナーが見えてきましたよ。なんだこりゃ!「蒟蒻園の秘宝」とな!(゚Д゚)こんにゃくパーク限定の1,000円ガチャみたいですね。ほほう、長州力たちもTV撮影で来てたのか!フォトスポットもあったので、とりあえず
1985年3月9日、両国国技館で行われたタッグマッチ60分1本勝負。長州力、谷津嘉章VSブルーザー・ブロディ、キラー・ブルックスの一戦は、何度観ても痺れる。ピストル音。そして「パワーホール」が流れると嵐のような長州コールが巻き起こる。長州力と谷津嘉章が颯爽とリングに上がる。ブロディが入場する前に花束贈呈のセレモニーを済ませる。全日本プロレスも段々わかってきた。ブロディとロード・ウォリアーズの試合は、先に花束贈呈を済ませないと危険だ。次に「移民の歌」が流れる。キラー・ブルックスと
長州が酔ってほんとうのことを話だした貴重な証言。カールゴッチと坂口征二が戦ったら坂口が勝ってたと断言してますね(もちろんガチで)。側で坂口の強さを見ているものだけが分かる本音でしょう。玄人(アマチュアで格闘技実績あり)のレスラーは坂口の強さを強調します。反対に素人のレスラーは坂口の強さを中々認めない。自分たちがやってる極めっこが全てと思っている為そんなスパーリングをあまりやらなかった坂口を認めるわけにはいかない。猪木はどう思ってたか分からないですが、山本小鉄、前田、佐山、藤原などは坂口が強か
1987年にrixsoft(リコーエレメックス)から発売されたファミコンの新人類。あまり聞かないメーカー名ですが開発したのはハドソンです。プロレスラーの長州力が出演してたテレビCMが印象的だったのを覚えています。このソフトがきっかけで「新人類」という言葉をよく耳にするようになった気がしてたんですが、実は1979年頃からテレビなどで使われはじめ、1986年には新語・流行語大賞に選出されてたんだそうです。新人類という言葉はファミコンソフトが発祥とばかり思っていたのですが・・・世間知らずした
遺恨を清算するはずが、凄惨な試合になってしまった。2001年1.4東京ドームのセミファイナルは、長州力VS橋本真也のシングルマッチ・時間無制限1本勝負。小川直也に敗れた橋本は、宣言通り引退を表明したが、二人の少年から始まった百万羽の折り鶴が橋本の心を動かし、引退を撤回。橋本は新日本プロレスのリングに復帰したが、上層部ともめて、2000年11月、新日本プロレスを解雇された。橋本はZERO-ONEを旗揚げして完全独立を果たす。このタイミングでの長州対橋本の対決はあまりに
新日本プロレスの試合で忘れられない光景がある。1994年8月5日、両国国技館。G1クライマックスの公式戦で長州力VS武藤敬司という好カードが組まれた。長州力がサソリ固めを掛けようとした時、武藤敬司は脚を掛けて長州力を倒し、グルリと回転して足4の字固めに切り返した。すると、長州力が「バカテメー!」というような顔面蒼白の怒り顔で武藤敬司の膝のサポーターをつかみ、死にそうな苦悶の表情。ロープまで距離がある。武藤敬司は天井を向いて「あああああ!あああああ!」と絶叫しながら首を左
「スターダム事件」が起きたからだろうか。突然、何かに迫られるように、世に言われる“不穏試合”が気になってしまい、いくつかYouTubeで拾ってみた。やはり最もインパクトがあったのは「前田日明vsアンドレ・ザ・ジャイアント」かな。いま観ても、この頃の前田は格好いい♪佇まいからして、男が男に惚れる、というか。他にも「アントニオ猪木vsグレート・アントニオ」「ジャッキー佐藤vs神取忍」「スーパー・タイガーvs前田日明」「北尾光司vsビッグ・ジョン・テンタ」「
タイトルを見て長州力かよ!と思ったあなたは、間違いなく昭和のプロレスファンですよね?なんて、サソリ固めの話ではないんですが、一昨日の朝、会社に出勤する時に、家の玄関を出たら・・・えーーっと、ここから先は、昆虫画像の掲載となりますので、苦手な方はココで離脱することをオススメします(笑)では行きます!家の玄関を出たら・・・
藤波さん、YouTube「ドラゴンちゃんねる」で「ドラゴン・ストップ」を語りました。■特報■藤波さん、YouTube「ドラゴンちゃんねる」で真相を語りました。あの「ドラゴン・ストップ」を来る12月1日代々木で棚橋選手と一騎打ちで話題騒然の藤波さんですが、突然、藤波さんのチャンネル。「ドラゴンチャンネル」で、「ドラゴン・ストップ!」について真相を告白!?【今だから言える】プロレス史上世紀の珍事件!?ドラゴンストップの真相を本人が明かす!「我々は、◯し合い
1999年1.4東京ドームで行われた新日本プロレス対U.F.Oの対抗戦もいよいよ決着戦。最初に入場したのは小川直也。用心棒なのかジェラルド・ゴルドーが鋭い眼光で一緒に花道を歩いて来る。セコンドの村上一成とタイガーマスクも一緒に入場。そして、劇的なメロディの爆勝宣言が流れ、橋本真也が颯爽と入場して来る。この時、最初のタブーが起きた。小川がマイクを持ち「橋本!死ぬ気があるなら上がって来い!」人の入場シーンをマイクパフォーマンスで邪魔するというのは、あまり見た記憶がない
【#プロレス今日は何の日】1996年4.19大阪府立体育会館高田延彦&金原弘光vs長州力&佐々木健介っ!UインターVS新日本、遂に高田長州激突ですわっ!😆さすがに今日はUインター主催で高田のホーム、中立に観ようと思ってたら、そらもう府立は残酷なまでに長州コールの大合唱!「高田〜!」って叫ぶお客さんには『やかましわい!』とばかりに長州コールが被せられてました。主催側なのにもはや高田&金原にはアウェーの中ゴング!長州、サソリの仕掛け、リキラリアット、バックドロップ!健介、ラリアットで
2004年10月9日、両国国技館で事件が起きた。WJ崩壊で今後の進路が注目されていた長州力がリングに上がった。2002年5月、新日本プロレスを裏切り、アントニオ猪木のことを散々批判して離脱した長州。普通はブーイングが起きてもおかしくないが、ファンは大歓声で熱烈歓迎した。長州も右拳を高々と上げて声援に応える。そしてマイクを持って叫んだ。「テメーらこの状態が今、何を求めてんのかわかるか?俺はこの新日本プロレスのど真ん中に立っているんだぞ今!」ファンの大歓声
一時代を築いた英雄の幕の引き方ほど難しいものはない。惜しまれつつも華々しく退場する者もいれば、ボロボロになって消えていく者もいる。受け取り手の感覚1つで、「素晴らしい」と感じたり、「惨めだな」と思ったりするものなのだろう。日本プロレス界を代表する選手はどうであろうか。“日本のプロレスの父”と呼ばれる力道山と、その後継者であるジャイアント馬場は、現役のうちに亡くなっているので、正確には「引退」をしていない。周知の通り、力道山は1963年12月8日に赤坂のキャバレー「ニューラテンクオータ
昨日はG1王者決定戦ボート場は平日って言うのに駐車場はいっぱいいっぱい僕ちんも大村ボート場に行ってきましたそしたらナント長州力井上陽水もやって来たそして誰やったっけ?(笑)ほんで最後は武藤コレがまたむっちゃ面白くて最高今回もボート券は買いませんで、神無月さん見て帰りました