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今回の宿泊先は石和常磐ホテルにしました。このホテルを選んだ理由は昨年泊まった甲府の常磐ホテルがとても良かったからです。『甲府旅行②信玄の湯湯村温泉常磐ホテル』今回は「信玄の湯湯村温泉常磐ホテル」に泊まりました。【公式サイト】甲府・湯村温泉常磐ホテル総創業80有余年、3,000坪の日本庭園、それを望める露天風…ameblo.jp石和常磐ホテルは甲府に比べ規模が小さく設備は古そうですがその分宿泊費がお安く半額位で、夕食に出される甲州牛にも惹かれました。お部屋は
昨日は前置きばかりになってしまい、すんませんでした。どうしても順序立てないと進めない性分なものでしかしながら実はもう一つ前置きがありまして…4年前の引っ越しで随分色々処分したましたが地図だけは持って来ました。先日、何気なくその中の一冊を開いてみたらなんと!新宿五丁目に「三光町ビル」が載っていたのです。2008年発行の東京23区市街地道路地図です。今から17年前のものですが、果たして今もそのビルはあるでしょうか?まずやって来たのは新宿五丁目。この辺に三光町の
2023年の1月31日に閉店した東急百貨店渋谷本店の1階に片隅に嘗て展示してあった、昭和40年頃の渋谷駅のジオラマを撮影した写真をこのところ毎日1枚ずつアップしています。南側からのカットの真ん中に鎮座しているのは、建設途上にあった首都高速3号線の工事現場です。玉電を廃止して、東名高速と繋がるこの3号線が国道246号線(青山通り&大山街道)の上に急ピッチで建設されていました。東横線渋谷駅を跨ぐ形になっていますが、そのホームに停車中の電車が、これまた懐かしい車両達です。詳しくは
前回は古い町の場所を見に行ってきましたがそのきっかけとなった都電、新宿角筈線の路線などすっかり忘れてたのでもう一度「新田裏」という停車場があったあたりへ行って来ました。ワタクシのお散歩は細切れですけれども反省点があると、すぐ舞い戻れるま、つまり近場をうろついているわけでさて、新田裏と呼ばれた町の角は新宿文化センター通りの入り口です。かつての都電大久保車庫跡が文化センターになったのでその道筋が、そのまま都電の線路だったようです。日清食品本社角の向かい側に案
荒川線の6080号は、1978年のワンマン化まで残った6000形13両のうち1両で、大型の方向幕が特徴でした。廃車後は沿線の「飛鳥山公園」で保存されています。すっかり荒れ果てた状態だった6080号でしたが、2005年に整備が施されて往年の姿に戻りました。(2005.4.2飛鳥山公園)現在の6080号は、側窓のガラスが外され、前面窓がアクリル板に変わっのが至極残念。2009年に訪れた時にはガラスは既に無く、何故にガラスが外されたのかな?(2025.3.11飛鳥山公園)照明や窓ガラ