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【7月29日】この日は次女の8回目の誕生日これからの約1年間は治療メインの年になってしまう。苦しい1年になってしまうことは確実しかし、次女にとってこれからの人生に向けて大切な1年になる。少しでも楽しい事を見つけながら頑張って行こう。朝の9時位に夫が自宅から頼んでいた荷物を持ってきてくれた。急な入院だったのでまだ完璧な入院準備ができていない。入院してみたら足りないものだらけだ。これから1年ここの病院で過ごすのでかなりの荷物になる。24時間付き添いの病院
24日に通院先の病院で新たな治療であるオプチューンを開始。同時に3週間に1回の治験の点滴投与も開始。更に2クール目の5日間の抗がん剤投与も開始。まぁ、何が現在の治療の1番メインになるかと言えば、私の中では、オプチューン治療がメインにはなります。(抗がん剤投与や点滴がメインに感じない…のはある意味すごいですが笑)なにせ毎日18時間以上の電源ONの状態で機器を接続しないといけないので…。そんな事言って抗がん剤や点滴大丈夫?って思われるかもしれませんが、基本に私は大丈夫です!
【7月28日】ICUにいる次女の付き添いを夫と交代しながら過ごしていた。付き添ってない時は寝たり長女と過ごしたり。長女はこの日夫と帰宅することになっていた。長女も塾もあるし部活もある。帰るとなるとやはり寂しくて寝ている時は長女を抱き締めて寝ていた。この日の次女はだいぶ回復してきて大きい息ができたりあくびもできた今までは傷の痛みで出来なかった事ができはじめた。笑顔も沢山見れたこんな、些細な事でも最高に幸せを感じる。ハイテンションになっている自分がわかる。
こんにちは。やっと週末になりましたね。今週は夫の高次脳機能障害の関係で仕事を早退・遅刻しました。月曜日は相談支援のモニタリングで2時間早退。木曜日はリハビリセンターの受診のため午前は年休で午後から遅刻して出勤しました。早退する日は1時間ほど早めに出勤し仕事の目処をつけて早退し遅刻する日は残業しようかと思いましたが、疲れてしまい「明日の自分に任せよう」と定時で帰宅したのですが仕事をたくさん残していたので気になっていたからか、仕事が終わらない夢を見てうなされました。朝起きたらぐ
朝から今日は検査がありますや歩行し部屋に戻りますとお知らせ。2日間のんびりしちゃったしなと思いいつもこれ行けるのかと懐疑的。実際に歩行したら思ったより頭痛に影響はなく部屋には戻れた。日中はCT.MRIなどで疲れまた頭痛。2週間はこれに耐える方向らしい。ここでちょっと困ったこと。左目があんまり閉じない。基本的に一時的らしいが角膜を傷つけてはならない。点眼、眼軟膏でごまかす。必要ならテープを準備するかメガネをかけるのも疲れるので基本的に両目瞑って生活している。明日はシャワーに入れるとい
忘れないうちに書かないとと思いつつ書かないでいました。亡くなってから思い出す姿はやっぱり旦那が旦那らしくいた時なんだよね。病状が悪化してからのことは思い返すとまだやっぱちょっとさ切なくなっちゃうからさでもほっておくとこの先全部が薄れていっちゃうかもしれないと思うと今ちゃんと残して置かないとーとも思うので書いておく。9/22(月)先週からデイに行けてなくてお風呂に入ってなかったのでこの日はじめて家で訪問入浴の予定だった。でもパパの状態的に負担になりそうなので入浴は
息子は今脳腫瘍と闘っています。腫瘍の種類は上衣腫という脳腫瘍に分類されます。正式な病名は、SupratentorialEpendymoma,ZftaFusionPositive,SubclassE(novel)稀な上に診断そのものが2021年に発表されたばかりの悪性脳腫瘍です。これまでの経緯2020.11息子が救急車で運ばれた日①2021.02摘出手術(1回目)2022.11再発手術(2回目)2023.11再発手術(3回目)2023.1
119F11原発巣コントロール良好な転移性脳腫瘍の治療で、定位放射線照射が適切なのは?a髄膜播種を伴う病変b脳ヘルニアを伴うc多数の病変(15以上)d薬物治療に高感受性の病変e小さい病変(最大3cm)(解答)e小さく的が絞れる病変が適切。選択に迷いなし!
人は楽しい時に鼻歌など歌ったりするけど私は悲しい時辛いときに歌を歌ったりするとっても悲しそうに歌ってしまうのだけれど……次女が言っていた。忘れられない歌とその風景があると。市民病院のICUで付き添えた時にずっと『100%勇気』を歌っていたようだ。勿論元気良くではなくてめちゃくちゃゆっくりバージョンで次女をトントンしながらとても悲しそうに口づさんでいたらしい。4倍速くらい遅い感じだったらしくママの悲しそうな顔と歌を覚えていると言っていた悪いイメージになっちゃったね
水頭症になっていた事から緊急手術をすることが決まり直ぐに手術を行うのかと思っていたが手術は15時~とのこと。それまでこの痛みは??我慢することになるの??手術が決まったことで小児科病棟の個室に入った。直ぐに脳圧を下げる点滴を開始。すると少しずつ頭痛も和らいできた。勿論完全にではないが意識が遠のくほどの頭痛ではなくなっていた。良かった‥‥手術の時間まであの痛みがずっと続いたいたらどうしようかと思っていたよ直ぐに手術開始とはいかずその前にレントゲン心電図
人によって状況は違うと思いますが、幼稚園の時以来の入院で、何を持っていけばいいのかなどいまいちわからず悩んだため、これあって良かった、これほしかったなどを振り返ってまとめてみました。私は1人で過ごす方が落ち着けるため個室にしたので、個室か大部屋かでも異なると思いますが参考までに…。■前提:手術前までの生活入院も久々でわからなかったのと、手術日目安くらいしか事前説明はなかったのですが、私の場合は入院〜手術までの7日間は検査のみ(前日夕方、次の日どんな検査があるかなど看護師さんが教えてくれ
こんにちは、原田高志です!今回は「小児がん」について、看護学校1年生でも深く理解できるよう解説します。小児がんは「15歳未満の子どもに発症するがんの総称」で、白血病や脳腫瘍が約60%を占めます。日本の小児がん患者は年間約2,500人で、医療の進歩により生存率は80%以上に向上していますが、治療中の症状管理や家族の心理的サポートが重要です。実習で役立つ観察ポイントやケアのコツを、信頼できる情報源をもとにまとめました。小児がんってどんな病気?主な特徴は以下の通りです:代表的な種類:白血病:
今まだ、自分の体が動くので自分が以前から使ってる買い物の登録ものを退会していく作業がゆっくりと始まっています。ID/パスワードの書かれたノートとスマホを睨めっこして…頑張っています。自分の中でおしまいにしていくんだなーってちょっと遠くの方から見る感覚がありますが…。でも、必要なことなんだよね。まだ、生きるので本当に必要なものはまだ残してます。メガネの調整するからね、アカウントとか、私ここのメンバー会員ですよー、このメガネここで買ったんで調整して下さい!!って主張しなきゃいけないので退会
今日で仕事納めでした。今年も無事に過ごせました。この当たり前が一番の幸せです。欲張りな私は当たり前よりも上を目指すので、失敗することも多いです。よく言えばチャレンジ精神旺盛ですが・・・。それでも目の前を見て、何事にも前進あるのみです。いろいろなことを言い訳に病気という言葉を使いたくないのが自分の中で唯一のプライドです。妻からは、無理しないで周りに頼る方がいいと言われますが、この保険はまだ元気なうちは大切に保管しておきたいのです。来年も全力投球で邁進して
前回の続きです。普通の放射線治療よりIMRTでの治療をすると決めた私達。IMRTだと当てたい場所(局所)にしっかりと当てて治療ができる。正常な場所へ照射することを避けることができる。脳という大切な場所。少しでも正常な場所を傷つけず腫瘍や腫瘍があった場所だけに照射できたならこれほど望む治療はない。市民病院の主治医にそうしたいと言う主旨を伝えた。市民病院の医師は(当時)IMRTを知らなかったらしくIMRTについて調べて賛成してくれた。反対にそんなのがあるのかと感心してい
朝起きると、なんとなく眠くてだるい24:00に寝て、夜中の2:00と朝6:00に息子(1歳2ヶ月13日)を抱っこして床ずれ防止、7時に点滴閉塞ナースコール、8:00穿刺。寝た気がしない。昨日は同じだったけど、全然スッキリしていたからその日で違うのかなぁと。スッキリしないなぁ…と思いながら、息子を見ると、息の吸い方が浅い。とても浅い。今まで痰が絡んでいびきが凄かったり、喉が下がってか呼吸が辛そうだったが、今日は昨日のような声も聞こえず…ハッハッ…はぁーと小さな息の音が聞こえる。心
【6月20日】夜中に何かが起こりそうとの次女の言葉に不安になり急遽泊まることになった。何事もなく朝を迎えられた。良かった~と安堵朝起きたときはしんどそうだったけれどお昼は元気に過ごせた。8回目の治療終了。外泊許可がおりて土日は家で過ごせることになった【6月21日】やはり吐き気があり食欲もない。一昨日くらいから耳鳴りがすると言い始め不安になる。次女の病気が分かったのは耳鳴りからだった。なので耳鳴りと聞けば不安になる。そして風があたると頭も痛いという症状も出
いざ書こうとすると、上手くいかない。うつになってから言葉を文字にすることも苦手になった。ただでさえコミュ障なのに…。読みにくかったらごめんなさい。先に謝っておきます。先日、長男を連れて近所の眼科に行きました。目脂、充血、痒み、痛み、眩しさなど気になる症状が複数あって主治医から近医での受診を勧められたので。左目、やっぱり見えていないそう。脳腫瘍が左側の視神経をダメにしたことは東京に入院した時になんとなくわかっていた。腫瘍が恐ろしく早い成長をしていて右側にも拡がりはじめ
026年4月26日(日)久々の休みで、何の予定もない日曜日。今日も妻は元気です。……とはいえ、最近ちょっと気になることがあります。もともとしびれている左側ですが、ここ2〜3日、指先から肩にかけて、かなりの痛みが出ているらしく、「痛い痛いタイのタイ!」という、謎の口癖が誕生しました。本人はというと、「これ、五十肩の悪化じゃないか……」とのこと。(※妻さん、ギリ40代のアラフィフです)しかし本当に痛いらしく、「布団が乗る重さでも痛い!」と言うので、なかなか侮れません。その様子を
一昨年の春ずっと体力があって元気だった夫が脳腫瘍といわれ緊急入院しました。診断は脳腫瘍の中でも一番悪性度の高い膠芽腫。術後の一年間は元気に過ごしたけど今年の春に再発。9月に亡くなりました。闘病の一年半この病気に家族として向き合って思ったことをまとめておきたいと思います。あくまで家族視点の私個人の思いや記録です。いまこの病気で辛い思いをしてる人やご家族には心にしんどい内容もあるかもしれないので心配だったらそっ閉じしてください。1️⃣この病気の現実病名がわかって主治医から
こんにちは。12月16日四男が17歳になりました。学校は休まず行ってます。今、ラップにハマってます。次男が好きでした。まだ、かってに次男の携帯使ってます。次男の17歳誕生日は、とても暗かったように思います脳腫瘍が発覚し、1回目の手術で悪性と判断されました。先の見えない中私も顔は笑っていましたが、誕生日どころではなかったです。次男が旅立って思います。生まれてきてくれてありがとう17年も生きてくれてありがとう目指せ18歳そんな気持ちになる誕生日への感情です。この写真のよう
こんにちは👋はなです昨日のblogに、金曜日頑張る❗なんて書いたのですが…今日は、パパの病院付き添いでした…今週は、火曜日は父の病院で金曜日はパパ…午後から勤務予定の時は、やはり仕事モードのモチベーションは上げておかないと、行きたくなくなります…職場には、申し訳ないよなぁと思いつつ…去年までの部署は、スペシャルに忙しい部署だったので、回りに迷惑をかける自分を凄くポンコツに思って、働いていられなかったかも…悩んだだろうなぁ…あの課にいたら…異動は有り難かったです…この状況
術後2ヶ月、2回目の診察。今回はMRIも撮った。病理の結果で部分的にMIB-1値が高い(7-8%)ところがあったので、少し早めに2回目の診察ということで受診。MRI問題なく、経過は順調😭よかった。視野の方は少し良くなった気はするけど、まだ完全には戻っておらず。別の検査の結果も見てみたいとのことで、また近所の眼科に行かなきゃいけなくなったそして、気になっていた頭の凹み。ちょうど切ったところに沿って凹んでいた。開頭手術をしたことのある方に聞くと、同じように凹みがあったというし、チャット
こんにちはさくさく記事を書かないと、忘れていくことに気付きましたもうすでに忘れている東京の大学病院に行ったお話の続きです注:私の所感がかなり含まれます。この病院が大好きな方、K先生の推しの方、気分を悪くされたらすみません・・・・病院に9時過ぎに到着し、受付をします(都会にあるコンパクトな病院という印象。人の数に対して狭いな~と。いや、今までの病院がきれいで大きすぎた)持参したデータの準備が出来た人から呼ばれるシステムのようですが、ここ
紹介状と市民病院お年寄りだと様子をみるけど小さいお子さんなので念のため大きい病院で診てもらいますか?とかかりつけの耳鼻科で言われ診てもらうことにしました。紹介状が出た翌日に長女は実家でお留守番してもらい、次女と二人で市民病院に紹介状を持って行きました。受付で事情を話して紹介状を渡し耳鼻科を受診。ここでも同じように聴力検査をし結果はやはり低音性難聴という結果が出ました。もう少しこのまま薬を飲んで様子を見てもいいかと思いますが念の為MRIを撮りますか?大丈
2025年8月25日10:04一年半の膠芽腫との闘病の末、夫が逝去いたしました。先生、予想的確すぎるでしょ(笑)名医かww基本的に記録は将来子供達に伝えるため残しておきたいと思っているので、当時を懐かしみながら書ける範囲で回想していく予定です。これから少し忙しくなるから、忘れないくらいの範囲でお休みします。休み明けてもしばしお付き合いいただけたら、とっても嬉しいですカテゴリは夫の闘病生活の振り返りまでは闘病カテゴリ、その先はシンママかな。夫と出会ったときに一緒にい
今日はそれほど遠出する予定はなかったのですが…息子が朝から咳をしているので、妻が息子を連れて小児科の病院に午前中連れて行く事になりました。(妻も家族を色んな病院連れて行く事が多く…すまんのう…と思います。)私は病院には行かないのですが、息子の診察が終わった頃に妻と息子に合流して、外で家族と一緒に食事に行く事になりました。LINEで診察待ちがそろそろなくなる連絡を受けて、そのタイミングで私は外に出て病院の近くの駅に向かい始めました。ある程度歩いたところで、オプチューン機器からピーピーピ
お久しぶりです退院して2ヶ月半が経ちました✨回復したらご飯行こうって連絡してた色んなコミュニティとのご飯会が集中した結果、最近週1くらいで開催されてます。脳腫瘍ってやっぱりみんなびっくりしたみたいで、会を開いてくれること自体ありがたい会社で病状声かけてくれる人は減ったけど、手術経験者の人とかはなんかやっぱり経過気遣って声かけしてくれる感じがします。症状は違えど同志のような。まだ頭皮麻痺してるっていうと驚かれます笑自分にとってはもう当たり前だけど、周りにとってみればそんなこと思わない
昨日の続きです。ハードな内容が続いてしまいます。手術のあと医師からの話が終わり部屋から出ると長女と両親が待っていた。話が終わったのが22時半は過ぎていた(そう)どうだったかと父から聞かれ聞かれ夫は、私の両親に心配かけないように簡単に安心させるような事を伝えた。私は夫に「隠すのはやめよう全部話してみんなで闘っていこう」と言った。いづれ分かることだし誤魔化していても無理だし隠すのは違うのではないかと思ったからだちゃんと知ってもらってみんなで闘いたかった。祈