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術後から1週間のことそれからの1週間は傷の治癒に向けて←これは日にち薬なので消毒をしながら待つしかない。脳圧を変えていく←医療用の磁石を頭のバルブに当てて圧力を変えていく。これは頻繁にするものではなく1~2回変えた程度。まだ頭に溜まっている髄液をどのように流して正常な脳室の大きさにしていくのかそれは少しずつ身体を起こして行くそうだこれが簡単なようで全然簡単ではなかった。水頭症を発症して手術。そしてICU→一般病棟へその間ずっと寝転ん
お久しぶりです退院して2ヶ月半が経ちました✨回復したらご飯行こうって連絡してた色んなコミュニティとのご飯会が集中した結果、最近週1くらいで開催されてます。脳腫瘍ってやっぱりみんなびっくりしたみたいで、会を開いてくれること自体ありがたい会社で病状声かけてくれる人は減ったけど、手術経験者の人とかはなんかやっぱり経過気遣って声かけしてくれる感じがします。症状は違えど同志のような。まだ頭皮麻痺してるっていうと驚かれます笑自分にとってはもう当たり前だけど、周りにとってみればそんなこと思わない
手術終了12時間半を超える手術次女本当に良く頑張った!そして手術をしてくださった医師スタッフの皆様もありがとうございました。手術が終わり呼び出しがったので夫と向かいました。次女と会えるのかと思っていたら違った。医師からの手術報告でした。医師の話医師からの話。途中簡易病理に出したが悪性の可能性が高い部分的にドロドロでバキュームで吸引しながら摘出した。全摘出は無理だった。少し残っている状態。神経や脳幹辺りに残っている悪性の上衣腫の可能性が高いよって今後
今まだ、自分の体が動くので自分が以前から使ってる買い物の登録ものを退会していく作業がゆっくりと始まっています。ID/パスワードの書かれたノートとスマホを睨めっこして…頑張っています。自分の中でおしまいにしていくんだなーってちょっと遠くの方から見る感覚がありますが…。でも、必要なことなんだよね。まだ、生きるので本当に必要なものはまだ残してます。メガネの調整するからね、アカウントとか、私ここのメンバー会員ですよー、このメガネここで買ったんで調整して下さい!!って主張しなきゃいけないので退会
こんにちは。今日4月27日は、5年前2021年4月27日にブログを始めた日です。もう5年続きました。長いようであっと言う間でした2021年1月に病気がわかり、一つ目の病院から、先生が説明してくれる事をメモしてきました。とても、次男に伝えれる内容ではありませんでした。先生に言われた事、次男の毎日の様子をノートに書いて、調べたり、聞いたりしていました。わからない事だらけでした。とても過酷な戦いが始まったと思いました。嫁さんは、病気がわかった瞬間から、すごい情報を知っていました。ブロ
風邪で声がれしてしまい仕事にならないのでお休みです💦一週間リハビリ散歩へ行けなかったょ咳も出ているの軽く近くのお寺へ等覚院(つつじ寺)少し出遅れた感がありましたが綺麗でしたちょびっと雨に降られてしまいお天気だったらもっと綺麗なんだろうなぁと思いつつ後にしました自然に囲まれるってエネルギー貰えますね!!早く風邪を治して体力も回復しなきゃ!!
先週大学病院を受診しMRIを撮りました。想像していた通り腫瘍は大きくなっていました。やれることとしたらアバスチン。今のパパの状態でも何とかやれますよと主治医は言ってくれました。時間をかけてどうするか一緒に考えてくれ、話し合いの結果アバスチンはもう投与はしないことにしました。余命についても2年ぶりに聞きました。あと数ヶ月、食事がとれなくなったら1~2ヶ月と思ってくださいと言われました。アバスチンを投与しないとなれば、大学病院に通う意味は無くなります。採血やMRIなどの検
・おはよう!今日の体調はどう?・今日は、どんな日やった?何気ない、いつもの会話に、ケー君が応えてくれなくなって、もうすぐ2ヶ月が経とうとしています。『日々の事:お別れの時』3月3日ひな祭り14時17分ケー君は、穏やかに息を引き取りました。17歳でした。2年間の辛く壮絶な闘病生活に、弱音や文句も言わず耐えてくれたケー君。よく頑張…ameblo.jp時間が経つにつれて、少しずつ落ち着いてきたように見えても、ふとした瞬間に、自分の中に大きな穴が空いていることに気づきます。もう
今日午後、ホームから連絡があった。転倒したのかとドキドキしたが、2週間ほど前から床が滑りやすくなっている件でケアマネさんからだった。原因はわからないが、夫の部屋だけが滑りやすくなっている。車イスまでが滑るので危ない滑り止めのマットを調達する方法など考えてくださったが…午後から水拭きをされたとのことで、かなり良くなっていた。念のため、私も準備していった液体石けんで床を拭いた後、水拭きもした。一応滑りやすい状態からは脱することができた。本来、こういうことは
落合恵子さんの『がんと生ききる』(朝日出版社)を読みました。春香は小学6年生の時に脳腫瘍と診断されてから、7年2か月を生ききりました。その間、春香は何を思い、どんな心で日々を過ごしていたのか。落合さんの体験を通して、その胸の内に少しでも触れたいと思ったからです。落合さんは2023年6月に肺がんと診断されました。手術はできず、入院して抗がん剤と放射線治療を受け、現在は自宅に戻られています。お仕事は、子どもの本の専門店「クレヨンハウス」とオーガニックレストランを東京と大阪で経営されています
我が家はこの頃、ネザーランドドワーフという種類のグレーのうさぎを飼っていた。名前はココとても人懐っこくてぴょんぴょんと家族のあとをついて回るそんなココだった座っていると膝に乗ってきた時はもう鼻血が出るかと思うくらいに萌えた特に、わたしの後をぴょんぴょんと付いてきてくれていた。飼いはじめて4年くらい。次女が放射線治療中に調子が良い土日は新幹線で自宅に帰っていた頃ココが元気がないことがあった。後ろ足が動かなくなってしまうこともあった近くにうさぎも
入院準備小学校に次女の病状の説明をした後自宅に着き慌ただしく入院準備をしました。家には父がいてくれてまだ長女と母は中学校の入学式から帰って来ていないと言うことでした。今日言われたことを父に簡単に説明し私は入院準備をして急いで病院へと出発しました少しでも…1分1秒でも早く次女に会いたかった。不安であろう次女の元に戻りたかった。病院に着くと次女は思ったより元気にしていました元々天真爛漫で前向きな次女。初めてみる電動ベッドに興味しんしんでこうやったらベッ
2026年3月28日(土)部屋の中もだいぶ温かくなり、気持ちよく隣で寝ている妻も今日は元気です!娘の卒業式の記事を書いていた前回がとっても長い文章になったので、二つに分けました。今回は後半になりますので、前回のブログもご覧ください。娘の卒業式の朝は戦場でした。前日、想定外の出来事がたくさんあったため、ギリギリの時間に主役を送り出し、私と妻さんも予定よりかなり遅れて中学校へ向かいました。なんとか間に合い、無事、用意してもらった場所に車椅子の妻さんを連れて行き、二人で卒業式を見ることが
今日のブログは愚痴も入っております。苦手な方はここまででお願い致します。【6月25日】今日は次女のことが心配でいつもよりもっと早い時間に病院へ行った。脱毛が凄いほとんど抜けてしまった。少し残っているだけ…同室のある子がそんな次女を見て他の子にこう言った。小声で言っているけど丸聞こえ「ねぇねぇ見てあの子!髪の毛なくなってるヤバくない?はげてるんだけど」こっちを見てニヤニヤしながらそう言った。その子はトイレに行く時や次女のベット近くを
半年に一度の定期検診がやってきました!病院には新人看護師さんがたくさんいて、「頑張れー!!!」という気持ちでいっぱいにw結論から言うと、また影が薄くなってました!!主治医のN先生は「本当に何が起きているかわからない、腫瘍って消えるんですね。」「医学の常識を超えている」「圧勝です」と!本日は新人医師も同席されていたんですが、こんな事例もあるんだよーと、もし腫瘍の患者さんを将来持つ事になったら覚えていてほしいものです!最近の話で、私の仕事が忙しすぎて寝不足が続いていること、それで
今日は、前にブログで書いた通り妻の実家がある北海道に家族で行きます!月曜日までの3日間と短い間ですが、久々に妻の親や兄弟に会えるのが、とても楽しみです!その中で、まぁこうなるかな…と思っていたのが、空港での保安検査で、医療機器が検査にめっちゃ引っかかった事です。あえてどこの航空会社かは言いませんし、その方が悪い訳ではないかも知れませんが、妻が航空券の予約と夫がオプチューンを装着して搭乗する旨、航空会社にメールで連絡してくれたんですよ。そうしましたら、航空会社からは、以下のようなメー
お見舞い手術日の前日の夕方病院の理容院にて髪の毛を剃った。そんな時に今年担任の2年生の先生と去年担任だった先生と隣のクラスの先生の3人でお見舞いに来てくれました。先生達もぼうずになった次女を見て少し戸惑っていたように感じました。なんて声をかけたらいいのか悩むよね次女はぼうず頭が少し恥ずかしそうだった。先生は「お渡しするものが…」とクラスメイトの寄せ書きと色々なお便りや沢山の新学期の書類を持ってきていましたクラスメイトからの寄せ書き。凄く嬉しかったし有り難かった
わんこの散歩で河川敷に行くことが多い。昨日、散歩中にふと目をやると四葉のクローバーを見つけた。少し歩いてまたふと見るとまたまた見つけた。上手く撮れなくて四葉のクローバーは『幸せの象徴』と言われている。1万本に1本の確率らしい。ちなみに一般的な3枚葉のクローバーは『信仰』『希望』『愛』という意味があるそうでそれに一つ葉が増えると幸福が加わるという意味になるそう。でも、なぜ四葉のクローバーができるのか?それは人が多かったりすると踏まれる事がある。踏まれるとクロ
2026年4月6日月曜日入院始まりです。初めての放射線治療にドキドキです。初日は、入院申し込みを早くして9時には部屋へ入りましたが。採血3本して、同意書(?)系を2枚書いて、後は放射線治療を15時40分に呼ばれるまでヒマ。放射線科診察で画像を見たので、写真欲しかったけどダメで、印刷をくださいました。が、色が白黒印刷、小さいので、よく見えない・・・。放射線治療は15分で終わりました。4月7日火曜日は12時に呼ばれて10分。2週間に1回は15分で確認(?)していただけるそ
こんにちはさくさく記事を書かないと、忘れていくことに気付きましたもうすでに忘れている東京の大学病院に行ったお話の続きです注:私の所感がかなり含まれます。この病院が大好きな方、K先生の推しの方、気分を悪くされたらすみません・・・・病院に9時過ぎに到着し、受付をします(都会にあるコンパクトな病院という印象。人の数に対して狭いな~と。いや、今までの病院がきれいで大きすぎた)持参したデータの準備が出来た人から呼ばれるシステムのようですが、ここ
銀座みやこクリニック院長の濱元誠栄ですまずは、LUNASEAのドラマー、真矢さんの訃報に接し、心よりお悔やみ申し上げます。2020年からステージ4の大腸がんと闘い、7回もの手術や抗がん剤治療を乗り越えてこられたそうですが、残念な結果になってしまいました。昨年末に、「脳腫瘍」が見つかって、放射線治療を検討しているという報道がありました。おそらくは脳転移だと思いますが、今回は、脳転移について解説します。1.脳という聖域がん治療において、脳は特殊な場所で
~髄膜腫(脳腫瘍)が発覚した2023年夏~本ブログは、2023年7月髄膜腫(脳腫瘍)発覚→9月開頭手術・入院の体験記、そして、退院後の生活を綴ったものになります。「髄膜腫になったけど、どうしよう!?」「そもそも、髄膜腫って何だ!?」「検査、入院、手術はどうなる!?」「退院後の生活が不安だ。。。」と感じる人が多いかと思います。自分も同じでした。そんな人に向けて、「少しでも参考になれば」と思い、治療経過をなるべくリアルタイムで記録し情報発信したり、退院後の経過を綴った
息子は今脳腫瘍と闘っています。腫瘍の種類は上衣腫という脳腫瘍に分類されます。正式な病名は、SupratentorialEpendymoma,ZftaFusionPositive,SubclassE(novel)稀な上に診断そのものが2021年に発表されたばかりの悪性脳腫瘍です。これまでの経緯2020.11息子が救急車で運ばれた日①2021.02摘出手術(1回目)2022.11再発手術(2回目)2023.11再発手術(3回目)2023.1
病理診断が出る少し前のこと。夫と私はセカンドオピニオンを考えていた。知人のYさんの10人医師が居れば10人の考え方がある。良いことを言われないならセカンドオピニオンで少しでも可能性を示す医師を探した方が良いの言葉。本当にその通りだと思った。だけれどもセカンドオピニオンと言ってもどこの病院が良いのか分からない。自分達でも調べた。脳腫瘍の治療をしている実績のある病院。しかも小児となるとまた変わってもくる。自分たちでどう探して良いのか最初はよく分からなかった。素人なり
今日は朝の早い段階から、8クール目になる抗がん剤投与の診察と処方のため病院に行きました。もちろんオプチューン装着し、午後は仕事なのでスーツで行きました。病院到着は朝の8時10分頃ですが…以前も記載した通り、朝早いにも関わらず、患者さんが大変多い状態でした。病院到着してすぐに採血の受付をしましたが、いただいた番号125番…で、受付時点では40番台。でしたので、80人ぐらいは採血を待っている状況です。待ち時間も掲示されていますが「40分待ち」になっていました。採血待ってい
【7月29日】この日は次女の8回目の誕生日これからの約1年間は治療メインの年になってしまう。苦しい1年になってしまうことは確実しかし、次女にとってこれからの人生に向けて大切な1年になる。少しでも楽しい事を見つけながら頑張って行こう。朝の9時位に夫が自宅から頼んでいた荷物を持ってきてくれた。急な入院だったのでまだ完璧な入院準備ができていない。入院してみたら足りないものだらけだ。これから1年ここの病院で過ごすのでかなりの荷物になる。24時間付き添いの病院
次女が入院して〇病院にて放射線治療を受けることとなり私は朝9時のバスに乗り病院へ。この頃は泊まりは基本出来ないものの子どもは付き添いは自由で面会時間の指定はありませんでした。9時過ぎには病院に着き最終の22時のバスに乗って帰る生活が始まりました。見知らぬ土地、知り合いも居ない。この頃も気持ちが毎日張り詰めていた。〇病院は、泊まり込みの付き添いが出来ないので少しでも不安を取り除いてやりたくて早くから行き付き添い最終の22時のバスに乗ってウィークリーマンショ
こんにちは。やっと週末になりましたね。今週は夫の高次脳機能障害の関係で仕事を早退・遅刻しました。月曜日は相談支援のモニタリングで2時間早退。木曜日はリハビリセンターの受診のため午前は年休で午後から遅刻して出勤しました。早退する日は1時間ほど早めに出勤し仕事の目処をつけて早退し遅刻する日は残業しようかと思いましたが、疲れてしまい「明日の自分に任せよう」と定時で帰宅したのですが仕事をたくさん残していたので気になっていたからか、仕事が終わらない夢を見てうなされました。朝起きたらぐ
水頭症になり緊急手術になってしまった。少しずつ髄液が溜まっていっていたのかな。あの耳鳴りはやっぱりそういう事だったんだ。もう少し早く気付いてMRIなりCTを撮ってもらっていたら、こんなに痛く苦しい想いをさせなくて済んだかも知れない後悔していた。でも今は無事手術が終わるのを祈るしかない。VPシャント術そしてCVカテーテル挿入の手術が行われている間、無事終わるようにずっと祈っていた。母から電話が来た。「あんなに誕生日はお家でできるって楽しみにしていたの