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【肺結核後遺症】読んで学ぶ:病気とともに生きる物語登場人物・高橋澄江(77歳・元看護師)・高橋昌夫(80歳・夫・元時計職人)・上野医師(55歳・呼吸器内科部長)・林看護師(41歳・呼吸リハビリ担当看護師)朝の静けさの中で咳き込む音だけが続いていた澄江は枕元のティッシュを掴み胸を押さえながら息を吐いた「また出た…」ティッシュに薄茶色の痰が混じりその中に小さな血の筋が見えた「風邪かしらまさかまた結核じゃ」十年前結核で入院した記憶が鮮明に蘇る背後から昌夫が起き上がり
今月、孫の結婚式が控えている90歳の母に留袖を洋服リメイクしてみました。90年前に祖母(母の実母)が結婚式で着た留袖です。後はこんな感じ。髪飾りも家にあった和風飾りに黒のネットをつけてみました。90年前の留袖なので、洗濯してから、ほどいてつくりました。型紙は母のワンピースから作りました。かなり適当です。こちらが90年前の祖父母の婚礼写真祖母も祖父も結核で急逝してしまい、母は実の祖父母の養女として育ちました。左右の合わせの裾模様を前と後ろにもってきま
ジブリ映画「風立ちぬ」(宮崎駿監督)は、堀辰雄の自伝的小説「風立ちぬ」が原作の物語です。この小説は、主人公の婚約者が結核で死ぬ悲恋物語ですが、実際に堀辰雄の最初の婚約者は結核で死んでいます。堀辰雄は、堀越二郎とほぼ同世代の文学者です。一高、帝大に同時期に在籍していますが(堀越が一年上)、堀は文学部、堀越は工学部ですから、たぶん面識もないでしょう。映画「風立ちぬ」は、堀辰雄の小説のドラマと、堀越二郎の戦闘機開発物語とを、強引に合体させたものです。映画の主人公は、堀越二郎と堀辰雄と
1月8日から今年の通院スタート。結核の検査結果次第では入院もあるかもだけど入院セットは持って行かず。年初の大学病院は多い。たまたま何時もよりも10分早く着いて助かったかも。でも看護師さんと話をすると今日も多いけど月火はもっと多かったそう。採血は一度で成功。今日も採血してくれた先生に「血管が無いですね。」と言われる。歯科を経て主治医がいる耳鼻咽喉科へ。受診では、年末に血液検査した結核は「陰性」と判明。主治
119D7282歳男性。1ヶ月持続する咳・血痰・微熱・体重減少。胸部X線で右上葉に空洞。抗酸菌塗抹・結核菌PCR・抗酸菌培養で肺結核と診断され、抗結核薬による標準治療が開始され2ヶ月が経過した。治療効果判定に用いられるのはどれか(二つ)aツ反b喀痰抗酸菌塗抹検査c喀痰抗酸菌培養検査d喀痰抗酸菌PCR検査eIGRA(解答)b,c肺結核を疑う患者の診断方法とその取扱い方の流れが出題されますが、なかなか正解率が上がらないのでイラついた厚労省が毎年のように出題していた
今日は、「咳のレメディ」と呼ばれているDros.ドロセラについてです。Dros.ドロセラは、咳の代表的なレメディではありますが、どのような咳にも適合するというわけではありません。いつもお話しておりますように、咳=Dros.ドロセラではありません。Dros.ドロセラは、モウセンゴケという食虫植物から作られたレメディです。食虫植物は、植物的な側面と、動物的な側面を併せ持つ存在です。Dros.ドロセラとは、どのような特徴を持ったレメディなのか、どの
前回、私が結核になり太ってしまった話を書きました。『なぜ私が痩身マッサージサロンを始めたのか(子供の頃、薬の副作用で太ってしまった話)』毎日お仕事おつかれさまです。町田の痩身マッサージサロンラシルです。今回は私がなぜ痩身サロンをすることにしたのか、をお話したいと思います。(ごめんなさい、暗い…ameblo.jpその後、太ったまま大人になり、ますます暗い性格になりました。太っているから食べ物を憎んでるのに、時々ドカ食いしてしまう。いわゆる過食症になりました。13歳から64kgで良くも悪く
川端康成原作の、有名な小説のドラマ化である。当初、NHK‐BS4K、BSプレミアムで放送された。国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。ドラマは有名なこの語り出しからはじまる。ファースト・シーンは雪国新潟への隧道・清水トンネルを歩んでゆく主人公・島村のうしろ姿だった。演出はこのシーンに映像的な効果を狙ったのだろう。当時、清水トンネルは全国でも一、二を争う長いトンネルだったはずである。日本の高度な土木技術を誇るトンネルの一つだった。次は東京の島村邸に場
昨日、「痰壺」について疑問を書いた。念のため調べてみたら、びっくりするような事実を知った。これは、明治時代に作られた、結核を予防するための省令に基づき、当時、死の病であった肺結核の拡散を予防するため、駅などの人が多く集まるところに、痰を吐くツボを置くことが義務付けられていたのだそうだ(!!)。その省令は、昭和26(1951)の結核予防法に引き継がれ、平成17(2005)年に法改正されるまで、痰壺の存在は容認されていた、ということ!ひえ~~。一つの法律が用をなさなくなっても、国会議員らは