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この記事はこんな方にオススメです。うつ病と診断されてるのに一向に良くならない方(双極性障害かも…)双極性障害(躁うつ病)と最近診断された方家族や身近な人が双極性障害と診断された方3年前の10月に突然起こった出来事4年前の10月下旬に突如我が家に起こった出来事を話したいと思います。4年前と言えば2020年。コロナが世の中に大流行しはじめた年ですね。この年の5月にマイホームを購入し新居での生活を楽しんでいる最中でした。そんな2020年10月下旬に突如、我が家に考えもしないことが
この頃息子にはっきり伝えた言葉があります。これまで息子の状態を思い、色々言いませんでした。今回息子に伝えたこと①病気になったのは仕方がない、でも病気に負けるのだけは絶対にいけない②どんな形でもいいから稼げるようになれこの2つです。でも言って思ったのですが、こんなことを息子に言えるようになるまでに息子は回復してきているんだということです。少し前までの息子は、幻聴と妄想に占領されて、その目は私を見ているのかそれとも妄想で変形して見える私を他の人間だと思ってい
双極性障害(躁うつ病)の夫と暮らすアラフォー妻が、双極性障害のリアルを綴るブログを書いています!双極性障害の症状にも個人差はありますので、あくまで参考程度に読んでいただけると幸いですこの記事はこんな方にオススメうつ病と診断されてるのに一向に良くならない(双極性障害かも…)双極性障害(躁うつ病)と最近診断された方家族や身近な人が双極性障害と診断された方前回の内容はコチラ『中古のスポーツカーを売却することに【双極性障害EP32】』双極性障害(躁うつ病)の夫と暮らすアラフォー妻が、双極
息子が「今月はHさんの誕生日やから何かプレゼントしようかと思うねん」と言ってきました。「Hさん」は息子が作業所に行く時、途中から一緒に行く女性です。どんな障害があるのか、詳しくは知りませんが、「お兄さんと二人暮らしで携帯も持っていない」と息子から聞いていました。「Hさん、携帯がほしいねんて。生活保護を受けて一人暮らしできるように役所の人にお世話してもらってるらしいわ」とも聞いた事があります。確か40代だったような、、服は支援センターの人からお下がりをよくもらって着ているとも言っていま
またずいぶん間が空いてしまいました。近況を報告します。少し長いです。一つ目先日、長男は私や次男が通っている美容院に行きました。自宅からは電車に乗らないといけませんが、どうしても私の美容師さんにやってもらいたいと、、最新の酸性ストレートパーマをかけてもらい、とても時間がかかったようで、よくそんなに長い時間耐えられたものだと思いました。私に「僕が毛が苦手とかそんなこと言わなくていいからな」と言っていましたので、私は息子が予約をとらせてもらった事以外は言いませんでした。詳細は何も言わず
家を飛び出す少し前の事を書き留めておく。夏休みが明けた頃、娘は異常な行動をするようになった。突然学区外のお祭りの役員とか生徒会の役員とか、とにかく次々に立候補する。まあ、悪い事じゃないしと思っているとある日学校から連絡がきた。暗い声で「これから学校に来れますか?」と言われればだれでも「ああ、悪い事なのか」くらいはわかる。重い足で学校に行くと挨拶したのち会議室に案内され、開口一番で「まずはリストカットの事ご存じですか?」と言われ「え?あの子そんな事してるんですか?」と答え
翌日になっても、連絡はなく、学校に事情を話し欠席にしてもらった。当時はちょうどSNS殺人事件が収束した後で、娘はもう生きていなくて今日にでも遺体で見つかるのではと毎日身元不明の遺体、列車事故のニュースばかり見ていた。3日後「無事保護されて、お子さんは児相に引き継ぎました」と電話があった。一緒にいた相手は逮捕。自殺ほう助の直前だったらしい!!!!!何を言われたか覚えてない程、涙のせいで上手く会話できなかったのを覚えている。次々と娘の部屋に来る警察官に、周りが気にしないのがうれしかっ
習い事に親が付いてくるのは恥ずかしいと言い出した中学の頃。今でも無理にでも一緒についていっておけば、と後悔している。スマホとか持たせていないからと安心していた。まさか近所の習い事で、近所の子と、その子のスマホから知らない人とつながってるなんて夢にも思っていなかった。ちょくちょく塾の先生からも最近遅刻が多いと言われ出してそのことについて話しようと思えばいつのまにか塾をやめていた。明るく、将来何になろうと楽しそうに言っていた娘は受験直前から病み垢と言うものに相当やばい事を書き込ん
息子はサプリを飲んでから妄想が無くなってきていると思っていましたが、いやどっこい妄想まだあります。幻聴も毎日毎日あります。私はいきなり消えるものではないのでは?と思っています。が期待してしまいますよね。少し前との大きな違いは、幻聴妄想を信じ込んで日常生活が送れませんでした。外出するにも何するにも心配で、後を付いて回る日々。今は、一人で出かけても「ま、やらかしてなさそう」です。幻聴や妄想の話をこの頃ぽつりぽつり話します。昔は「否定」か「矯正」することしか
「ダウン症関連遺伝子DSCAMが過剰グルタミン酸の除去を介し、健全なシナプス機能と神経発達、小脳運動学習に関わることを発見」したそうです。マウスの実験で証明され、つい先日発表されたばかりですので、治療薬として使われるようになるのはまだ先だと思いますが、ダウン症、統合失調症、発達障害、てんかん等の治療に役に立つとの事です。明るいニュースですが、いつ頃になるのでしょうか、、今すぐではなくても、せめて来年、再来年くらいには薬ができてほしいです。今日も色々心配しています。次男は二十歳で足場の
今幸いにも安定しているので、時々ぼんやり考える時間もできました。何時も思うこと。「この心の痛いものは何?この悲しみって何?」息子が精神疾患を患った後、そのことを4人の友達に話しました。誰も態度を変えた人はいないと思うけれど、そのあと息子の話をその人たちにすることはなかなかできなくなってしまいました。自分が一番辛いと思っていて、良くならない状況をどう話したらいいのか。自分の傷に塩を塗っているような気分になるんですよね。これってたぶん、すごく卑屈な感情が湧き上がってくるのだと思
「今日は休んだらえーやん」と、起きて外を見て息子に言いました。冷たい雨。就労支援B型の目的は、悪化しないこと。人とコミュニケーションを取ること。楽しいと感じること。だと私は思っています。だから無理をする事はないし、週に二回行くと自分で決めていても休んでもいいのです。リハビリのような感じでしょうか、、無理をして病気が悪化したら本末転倒。普通の就労ではないのですから、、でも息子は「こんな事くらいで休めない」と言います。だから「多少無理しても『行こう!』と思えば行けばいいし、休
「どんな事にも必ず報いがあんねん」と、息子がよく言います。私がある知人の事を「自分と家族の事だけ考えて、ずる賢く生きてるけど、バチが当たらへんのかな」と言うと「天網恢恢疎にして漏らさず」(てんもうかいかいそにしてもらさず)と言う言葉を息子が教えてくれました。悪事を行えば天罰を逃れる事はできないと言う意味で、悪人や悪事を取り逃がさないように、天が網を張り巡らせているそうです。「お天道様は見ている」と同じですね。息子の病気の事は皆さんよく、「お母さんが悪いわけではない」「自分
ネガティブな事を言葉にするのはよくないと言いますが、、、私はたいていネガティブな事を考えてしまいます。いくつまで生きられるか、、、元気で長生きしたい、、、と、思ったりもしますが、、、長生きすると、まだまだ悲しい事、辛い事、苦しい事があるのではないか、、、と、言葉に出したくないほど悲しい出来事を想像してしまうのです。そして、やはり長生きはしたくない。でももう少し生きないと長男が、、、と思うのです。終活をもっとしておきたいけど、仕事に追われている今の状態ではなかなかできません。い
Mエちゃんがバレンタインのチョコレートを持って来てくれました。毎年長男と、「おじいちゃんのお仏壇にお供えしてください」と父にも持って来てくれます。次男と結婚したての頃は、私の父も生きていて、次男親子3人も一緒に暮らしていました。介護が必要になっていた父は、私が仕事に出かけたあとは、ヘルパーさんも1日に何度か来てくれていましたが、それ以外はMエちゃんが生まれたての孫を育てながら父の世話もしてくれていました。「おじいちゃん」「おじいちゃん」と声をかけてくれて、、あの頃のことを思い出すと泣
今日は朝の5時から、レインコート、ウインドブレーカー、ポンチョを洗って欲しいと持って降りてきました。いわゆる全てナイロンの物です。「こう言うものは洗濯せずに濡れたら干しておくもの」と私は以前言ったこともありますが、「汚れた」と思うと拭い去れないので洗わずにはいられないのです。洗わずにはと言っても洗うのは私ですが、、でも、労力を使うくらいは私も苦になりません。仕事は休みですが、今日も5時から起きています。あ、この前の休みは烏骨鶏を小屋から小屋へ引越しさせました。これがとても大変で、息
今朝は時間がゆとりです。先日、仕事でよくお世話になる不動産会社(うちとは桁違いですが)の社長さんと話していた時、私が「仕事、家事、母親業、3つで大変だと言うと、「家事をやめたええねん。そらしんどいと思うわ。お手伝いさんを雇えばいい」という、考えもしなかったアドバイスをくれました。お手伝いさんを雇うまでをしなくても、宅配弁当の事などは考えた事があります。でも息子が「玄関先に運ばれた弁当を取りに行くのも気が重い」と言い、やめました。もちろん自分で弁当を買いに行く事はもっと気が重いと思います。
世の中には10連休という人も多い中、私たち親子は「カレンダー通り」のゴールデンウイーク。そのゴールデンウイーク後半にあっちゃんは帰省しました。今回は冬の間、自宅に置いていた愛車あっちゃん号を取りに来たかったのです。久しぶりの運転になるので、連休中の移動は全てあっちゃんに運転してもらいました。買い物に行ったり食事に行ったり、ドライブを楽しんだり。食事はお互いに行きたいと思っていた回転寿司へ✨いろいろな話をしながらの外食は久しぶりでしたが、あっちゃんの表情が以前よりもずいぶんと大人になっ