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先日、紀貫之のバーチャル爺さん第1号の話を書きましたが、第2弾はこの人!!"雄略天皇"学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。今
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は日本神話の天照大神から神武天皇に至る系譜について見ていきたいと思います。日本神話、面白いんですよね(´Д`)。ぶたさんは『古事記』や『日本書紀』を読むのが大好きです。まあ白状すると、原文だと読めないんですけどね(´Д`)。ここで注意点です(´Д`)!今回の系図は史実というわけではなく、あくまでも日本神
明日の2月11日は、「建国記念の日」。「建国記念の日」とは「初代・神武天皇が即位した日を記念した祭日」が元になっている祝日です。…という歴史は、ワタクシもこのブログでいつの年にかやっていて……と思ったら、まさかのやっていませんでした(汗)明治5年12月2日(1872年)、明治政府は「これまでの暦(天保暦)を廃止して、新しい暦(グレゴリオ暦)に改めます!」として、「改暦ノ布告」を施行。「明治5年」は残り30日を切り上げて終了し、新たに「明治6年正月元日」となりました(「明治
春日大社つながりの神武東征からの、八咫烏(やたがらす)常々知りたかったのでこの機に、八咫烏について調べることにしました!また、寄り道〜今回、わちゃわちゃしてます。(wikipediaより)八咫烏の姿日本サッカーのシンボルである八咫烏は、日本神話に登場するカラス(烏)です。その姿の最大の特徴は、三本足で、とても大きいそうです。サッカーのシンボルなのは、平安時代に蹴鞠の名人とされた藤原成通が五十回以上も熊野詣でをして蹴鞠上達を祈願した由来も関係してそう山奥のハズですが、50
「古事記や日本書紀に出てくる天皇や英雄は、どこまでが神話(架空)で、どこからが歴史(実在)なのか?」そういう二分法のような発想が、間違いのもとです。天照大御神や神武天皇の物語が「神話」なのは言うまでもないですが、じゃあそこに書いてあることは全部が空想、捏造、嘘八百なのか、ていえば、それはまた別の話です。モデルになる生身の誰かがいたかも知れないし、その事績には何がしか実際にあった事柄が反映されているかも知れません。それを全部「ここは歴史ではなく、神話だから」と切り捨てて顧みないのは、物凄く勿
一昨日3月3日は桃の節句でもありましたが、空では皆既月食の天体ショーが見られるハズの日でした・・・が~しかし、雨でしたので全く観察出来ませんでしたね。で、これは翌3月4日の夜です~ほぼほぼ満月の月でも見ようと外に出ましたけど・・・ちょうど20時20分ころ、昨日ならいよいよ皆既月食の時間に近いところですけどね。こんな感じです・・・こりゃあ今日だったとしても無理やったな~って思いましたが、雲の動きが速くて少し開いている雲のすき間から、見える時も無きにしも非ずだ~とほんの少しの期待を持
生まれも育ちも奈良県で、神社仏閣巡りが好きなみくるです今回は、日本の初代天皇である神武天皇にまつわる超重要スポット、等彌神社(とみじんじゃ)についての熱い想いをご紹介します。好きでよく参拝している神社さまです鳥見山信仰の源流へ奈良県桜井市に鎮座する等彌神社は、神武天皇が皇祖神を祀った「鳥見山」の麓にあります。一般的には紅葉が有名ですが、古代史好きとしては、こちらの「上津尾社(かみつおしゃ)」と「下津尾社(しもつおしゃ)」の構造に隠されたミステリーに大興奮でした特に、祀られている神様の
王城神社(おうぎじんじゃ)福岡県太宰府市通古賀5丁目8−40「おうしろ」とか「おうじょう」と読むのかと思ったら、「おうぎ」なんだ。元々は「扇神社」だったの?いいえ。元々は大野城にあったらしいかは、読みはともかく「王の城」「大きい城」から来ていると考えて良さそうよ。王城神社由来記王城神社は、大国主命の子でえびす様としてあがめ親しまれている事代主命をお祀りしています。古来、えびす様は、市(いち)の売買を守る神として商家の尊崇が篤く、また農・漁業の守護神として崇敬されてきました。王城神
花園神社鳥居。奥に本殿がある=橿原市石川町NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は毎週木曜日、毎日新聞奈良版に「やまとの神さま」を連載している。今週(2026.1.22)掲載されたのは、〈古くから村人に敬われ/花園神社(橿原市)〉、執筆されたのは大和高田市在住の新森幸枝(しんもり・さちえ)さんだった。私は橿原市の石川池(剣池)の近くはよく通るが、その畔(ほとり=西側)に、こんな由緒のある神社があるとは知らなかった。しかも、社域には媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)の御陵があ
皆様こんにちは。沙貴誉(さきほまれ)です。皇室関連のネット記事を読んでいたら、コメント欄で、息を吐くように噓をつく男系男子派の方がいらっしゃいました。悠仁さま、1月2日の新年一般参賀に初出席へ…元日に皇居・宮殿で行われる新年祝賀の儀にも(読売新聞オンライン)-Yahoo!ニュース宮内庁は26日、秋篠宮家の長男で筑波大1年の悠仁さま(19)が来年1月2日に皇居で行われる新年一般参賀に初めて出席されると発表した。9月の成年式以降、成年皇族として活動しており、元日
「三輪山」◆大物主神・事代主神・大己貴神の関係~ヤマト王権の祭祀から読み解く~【中編】【前編】からの続きです。『◆大物主神・事代主神・大己貴神の関係~ヤマト王権の祭祀から読み解く~【前編】』「三輪山」◆大物主神・事代主神・大己貴神の関係~ヤマト王権の祭祀から読み解く~【前編】この記事は本来は…大神神社が講社崇敬会会員向けに発行する、「大美和」…ameblo.jpこれまで「オオモノヌシ神」「コトシロヌシ神」「オオナムチ神」の三神はほとんど登場していません。今回より「ヤマ
【宮崎】前回は宮司さまが1枚1枚手描きされているステキな【御朱印】をいただきました今回は遥拝にて新たにスタートした【御朱印】をいただきました。【吾平津神社クリア御朱印】ミケちゃん坊ちゃんクリア御朱印令和8年1月1日よりいただけます【吾平津神社御朱印】神社猫御朱印【吾平津神社御朱印】干支御朱印詳細などは吾平津神社オンライン授与所前回お受けした【
旅に出ました2025年9月28日から30日までの2泊3日、島根県に行きました。旅の2日目の、一社目は、広島県山県郡北広島町の龍山八幡神社でした。二社目は、島根県邑智郡(おおちぐん)邑南町(おおなんちょう)の志都岩屋神社(しずのいわやじんじゃ)三社目は、志都岩屋神社から近い、島根県邑智郡邑南町下亀谷165-1に鎮座されます亀谷山八幡神社広~い高台に御鎮座でした。その高台の一画には、邑南町郷土館もありました島根県特別神社って何だろう。。。ここを、神武
4月29日、大和三山を巡ってきました。3月16日に鼠経ヘルニアの手術をしてから初の山歩きでした。低い山を歩こうと思い大和三山にしました。出発は近鉄橿原神宮駅。そこから橿原神宮を参拝しました。橿原神宮は神武天皇が即位したところだそうです。日本の始まりの地ですね。その日は「昭和の日」だったので橿原神宮でも行事が行われており、車での参拝者が結構いました。先ず登ったのは畝傍山(198m)。橿原神宮からすぐ登れます。登山口には奇麗な花も咲いていました。山頂から見える風景です。畝傍
みなさんこんばんは。さて。ここしばらく更新が飛んだり遅れたりしておりますが、実はさ、ここしばらく世の中の動きに大きな変化がなくてネタ不足が続いてんのよ。もちろんワシが見落としてるだけかもしれんのやけど、ホRuむず海峡の喧嘩もなかなか落とし所見つからんし、寒い国同士の喧嘩もこの間、西のジャイアン♠️が9日に『寒い国ズが3日間喧嘩休むってさ』って言った途端、その日のうちに寒い国ズがお互い『あいつが悪いのーぉ』って言いながら喧嘩続行。西のジャイ
表題の2神社は1874(明治7年)に廃社されていますが由緒ある神社で訪れました。次の写真の松崎八幡宮は石清水八幡宮別宮として建立され700年前は五ヶ所の寺を抱え栄えた時代も有ったが江戸時代に名神大社の多家(おほいえ)神社の後継社を巡って後述の安芸総社との争いが絶えず1874年に廃社された。次の写真の境内右奥に「神武天皇御腰岩」があります。次の写真がその「神武天皇御腰岩」と伝わる岩です。北九州八幡区の岡田宮から東征して阿岐(安芸)に到着されるが、現在の広島市は当時は
去年の秋、奈良県橿原市で開かれた、全葬連・全国大会の模様をシリーズでお届けしております。奈良遠征⑦ホテルでの朝食を終えると、橿原神宮の正式参拝がセットされておりました。神社の参道は中央は神様がお通りになられるので、両脇を歩くのが作法です。鳥居をくぐるときは必ず正面に一礼橿原神宮は日本の初代天皇である神武天皇とその皇后媛蹈鞴五十鈴媛命を祀っています。歴史と由緒1890年(明治23年)に創建され、神武天
【完全保存版】本当の歴史が書かれた〝竹内文書〟をすべて解読しました。1928年竹内巨麿・高祖皇大神宮(北茨城市)・天津教開祖竹内文書の発表特濃竹内文書『神代の万国史』1970年刊行高祖皇大神宮第67代管長・竹内義宮氏解読『神代の万国史』1期:天神七代・宇宙創成元無極躰主王大御神.宇宙根源神(もとふみくらいぬしのおおみかみ)~5代目が岐阜高山船山へ降臨~6代目が位山2期:上古二十五代・天皇による地球統治(世界十六州)天日豊本葦牙気皇主天皇(あまのひのもとあし