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『青春の殺人者』。長谷川和彦監督デビュー作。瑞々しい。そして初々しい。正にデビュー作の刻印を刻み、タイトルの青春に相応しい。画面はどのカットも映画的記号に満ち溢れている。全てのカットに青臭い力んだ意気込みを感じる。そこがいい!中でも母親殺しのシーン。なんせ市原悦子だからね。化け物女優の怒涛の怪物演技に引っ張られながらも映画としての危うい均衡を保っていて痺れました。正に水谷豊=長谷川和彦。ビビりながらも辛うじて生き残る。画面は正に映画的記号に溢れている。映画的アクション
ズレと違和感から生まれたカイカン1981年監督/相米慎二試写を観た原作者の赤川次郎が驚いたというエピソードには、きっと誰もが頷くはず。更に言えば、驚いたのは赤川次郎だけでなく、そのセンセーショナルなテーマに関心を寄せた全国の中高生や、ブームに乗った全国の薬師丸ひろ子ファン、そして往年の東映ファンまでもが一様に驚き戸惑ったはず。だって誰もが『セーラー服と機関銃』をアイドル映画と思い劇場に駆けつけたのだから。観客や主演俳優、そして製作陣までを翻弄し、そのズレを一番楽しんだのは、本作の監督
・・・・やるせないこと、やりきれないこと、それを集めて何かを語ること?考えてみよう。わたしたちが、何かひどく欲しいものがあったとして、明確にそれが何であるかを理解しているとして、それを、その心の叫びを、言葉でどれだけ表現できるであろうか?また、ちゃんと本当に、それが何かをわかっているのか?そもそも、欲しいものが何かをわかっていなかったり、またわかっていたとしても、曖昧模糊として、漠然とするだけで、明快な表現には程遠かったりではないだろうか?・・・熱量だけでは解決できない、それがわたしたちだ。熱