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これだけの大雪だと比叡山の麓にある我が家は無傷では済みませんね。先日に自慢していたビワの木が枝に積もった雪の重みで折れてしまいました。折れたと言うより、割けたという感じです。不幸にも折れるよりも割けた場合の傷はより深いのです。200個ぐらいの小さな実が付いていた大きな枝が折れてしまったので、その分だけ実の数が少なくなったことは気にすることではありません。幹が半分に割けたことで栄養分を枝葉に届ける量が半分ぐらいになったので、今年の実が成る量は去年の1/4ぐらになるでしょう。
本日、到着した荷物。。。あの日〜、ディナーショーの会場で買えなかったから、送料かけても、ネットで買ったのだ。約2ヶ月の時を経て、我が家に届いた。つばちゃんのお衣装✨届いたのは、『おすはつらいよ!着せ替えセット』*左に見切れてるのは、ひっつきつば九郎!着こなしてくれてるのは、このとき我が家にやってきた、すわくろう。我が家にやってきた。『我が家にやってきた。』昨夜からのお楽しみぃ~あのコがやってきた窮屈なハコの中、こんな苦しそうなお姿で。。。。すぐに解放して差し上げると、、、、威風
柏市でマンホールカードをいただき、次に向かったのは柴又。私は2度くらい行ったことがあり、母はもっと行っていますが、主人が行ったことがなく、母も私も久し振りだったので3人で行くことに。もちろんあれをいただく目的もありました人気シリーズ映画「男はつらいよ」の主人公寅さんの故郷としてお馴染みの東京都葛飾区柴又。京成金町線柴又駅は寅さん一色でした以前はこんな装飾はなかったですね。映画のワンシーンがパネルになってたくさん飾られていましたよ。駅前には寅さんとさくらの銅像が駅近
男はつらいよの映画でさミツオが寅さんに人間って何のために生きてるのかな?って聞くシーンがあるんだよそしたら寅さんは良くわかんねぇけどあぁ生きてて良かったなぁって感じる瞬間があるじゃねぇかそう言う時のために生きてるんじゃねぇのかいお前にもいつか分かるよって言うんだよねいい事いうよなぁ寅さんこの前さオペが上手くいって夕方家に帰ると風呂に入っているムスメがなんやら歌っているのが聞こえたその歌声を聞きながら洗濯物を畳んでいてあ〜なんか良いなぁって思いながら寅さん
男はつらいよ※男はつらいよ(イメージ)寅さんの足跡を辿る、小旅行。※前回のお話し『【男はつらいよ】とらやで草団子✴葛飾柴又✡帝釈天✴寅さん記念館✴矢切の渡し✡昭和の記憶③』我が家の平和を維持する、ワイフサーチャージこれは、大型イベントだけでなく、日々の地道な積み重ねも重要です。※ワイフサーチャージの件『近鉄【愛のシマカン】志摩…ameblo.jp京成の柴又駅で降りて、参道を歩き、帝釈天、寅さん記念館、江戸川河川敷を、散策したワケですが、大事なのは、ランチ。※男
こんニャちは。とっちゃんの部屋スタッフ(中の猫)です。明日から新潟県民会館2daysですが…新潟県民会館といへば、(・∇・)b映画🎬『男はつらいよ』第31作〝旅と女と寅次郎〟で、都はるみさん扮するマドンナ・京はるみ(演歌歌手)が、公演直前に失踪し大騒ぎになった舞台だニャ…、舞台ですね。うちのとつも、新潟は隣県といふこともあり、浜田省吾さん、いきものがかりともにコンサートで数回訪れておりますが、〝新潟県民会館〟に限りますと最後に参加したのは19年
久々に都内を訪れたもっさん。初日は古巣・南柏にて一泊。師匠のお店にも顔を出せました。明けて翌日。この日にリスケした観光に参りましょう。向かった先は柴又。柴又を訪れるのは十数年ぶりです。京成金町線を柴又駅にて下車。駅前の広場にて、寅さんの銅像にご挨拶。上着のダボっとした感じがガチに寅さん。参道を通りまして帝釈天へ向かいます。和菓子の有名店さんには、国内外を問わない観光客が並んでいました。もっさんも後ほど、お団子やどら焼きを買って帰ります。そして柴又帝釈天へ参詣。境内に入る
ご無沙汰しております。5月の下旬に、長年愛用していたディスクトップのパソコンが突然「プツッ」という音とともに電源が切れ全く動かなくなりました。買い換えは覚悟していましたが問題は映画と公募などの趣味のデータです。多くはエクセルで管理しておりバックアップも一部しかとっていませんでしたので多くのデータが失われショックです。当初は6月初旬に「あなたが選ぶ昭和映画総選挙」の結果報告も、集計のやり直し、新しいパソコンの購入、打ち込みなどで予想以上の時間がかかってしまい、加えて体調も崩し大幅に遅れてしまい
寅さんの故郷柴又へ、続いて柴又帝釈天へ。映画「男はつらいよ」が「私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」と名台詞で始まるのは有名ですね。その帝釈天です。二天門柴又帝釈天は正式には経栄山題経寺と言う日蓮宗の寺院で、寛永6(1629)年に、禅那院日忠および題経院日栄という2名の僧によって開創されました。18世紀末から帝釈天が信仰を集めるようになり、「柴又帝釈天」として知られるよううに。帝釈天の縁日は庚申の日とされ、庚