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暗殺者は平賀源内を殺していませんよ。平賀源内は「錯乱して、同席していた大工を殺した」という冤罪で逮捕され、獄中で死んだんです。「暗殺者」(源内に屋敷の設計図を発注した武士)は、大工(実は源内を監視するために潜入していたスパイ)と共謀して、源内に阿片を嗅がせて錯乱させたうえ、大工と争って興奮している源内を後ろから刺し、昏倒させて、源内の書いた原稿を根こそぎ回収しました。目的は、源内が「将軍世子(家基)暗殺は毒手袋が原因だ」という事実を掴み、それを世間に公表しようとしていたからです。「暗殺者
【静岡】大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で渡辺謙さん演じる田沼意次。かつてはダークなイメージで語られがちでしたが近年の歴史研究の成果も踏まえ大河ドラマでは幕藩体制の改革者として柔軟で魅力的なキャラクターとして描かれています。【大澤寺御朱印】本堂
ひとつ前の当ブログで、4月18日に88歳で亡くなられた山口崇さん主演のNHK時代劇『天下御免』を取り上げました。毎週楽しみに観ていた僕の中では、平賀源内と聞くと自動的に山口崇さんの顔を思い浮かべるほどです。1971年から1972年にかけて放送された時代劇(脚本・早坂暁さん)で、山口崇さん扮する平賀源内と仲間たち(林隆三さん、津坂匡章=秋野太作さん、中野良子さん、坂本九さんなど)が様々な事件に巻き込まれるのです。とにかく「斬新」な時代劇で、登場人物が突如、現代の歩行者天国を歩いたり、当時流行っ
「べらぼう」は、初回から出演していた、渡辺謙扮する田沼意次が、いよいよ退場のようです。まだ、出番はあるかも知れませんが、意次が表舞台から消えた以上、露出は大きく減るでしょう。と、なると、これからのいわゆるトメ、クレジットの一番最後は、誰になるのでしょう?今までも、高橋克実などが、トメだった時もありましたが、前半の出演者の多くは退場しております。片岡鶴太郎や高橋英樹は、まだ出るかも知れませんが、そんなに出番は、多くはないはずです。と、なると、誰でしょう?私は、実は生田斗真だと思っておりま
冬のツーリングとして選んだのは静岡県南西部で、焼津の西にある吉田町までやって来ました。武田信玄ゆかりの小山城の天守閣へ登り、その歴史と素敵な眺めを堪能してバイクへ戻ります。「能満寺山公園」と言うくらいですから、園内には能満寺があり、お参りをして行きましょう。能満寺には、国の天然記念物になっている高さ約6m樹齢1000年と言われるソテツがあります。陰陽師として知られる安倍晴明が植えたとされ、大井川を流れてきた大蛇の死骸の上にソテツを植えたところ、大蛇のように大きく
種姫と茂姫政争に翻弄された田安家と島津家の姫江戸時代中期から後期にかけて、政略結婚によって將軍継嗣問題に巻き込まれた二人の姫君が、田安家の種姫と島津家の茂姫である。種姫と茂姫のその後を詳しく見ていこう。種姫は德川御三卿の一つ田安家に生まれ、のちに10代将軍徳川家治の養女となり、兄に老中・松平定信を持つ女性であった。種姫は1765年明和2年、田安徳川家の七女として江戸に生まれた。1775年安永4年11月、11歳のときに種姫は第10代将軍家治の養女となり江戸城大奥に入る。家治と知保の
大河ドラマ『べらぼう』を楽しく見ているんですけど、田沼意次の政治には評価すべきところがあった、というのを強調したくて田沼失脚後に政権交代した越中守・松平定信さまをあまりにも悪役にしすぎてないかい・・・と少々モヤッとしております。まあドラマなので、蔦重の前に立ちはだかる壁って感じで悪役っぽい方がいいんでしょうけど。その蔦重は、なんか最近調子のってんじゃねえですかね・・・特に、何か自分にタテついてくる人に対して「あぁん?」て凄む態度とかね。(これは横浜流星さんの演技が凄いと思う)と
いつもお付き合いくださり、ありがとうございます。ロス!ロス!ロス!べらぼうロス!笑日曜日にべらぼうがないのにまだまだ慣れないなんて、情けないですが…29日には総集編を一気に放送ということなので、それを楽しみにするしかないですよね。私が大河ドラマにドはまりしたのは、「黄金の日日」以来ですが、きっと、武将が勝った負けたが大事なのではなく、武将じゃない人、士農工商で最も身分の低い商人が、世の中で踏み潰されようとも、ちゃんと自分の道を作り、世の中を明るくしたり、世を変わ
江戸時代を通じて刃傷事件は八度起こっている。江戸城本丸で五度、西の丸で二度、芝増上寺の四代将軍家綱の法会の際に一度☝️時系列で並べるとこうだ。1️⃣寛永五年(1628)目付豊島信満による老中井上正就刺殺事件2️⃣貞享元年(1648)若年寄稲葉正休による大老堀田正俊斬り付け事件。大老は重篤で自邸に運ばれたところで死去。この事件で大老・老中の御用部屋が将軍のいる中奥から、表に遠ざけられた。それに依って生まれた新しい職が「側用人」で以降、五代綱吉六代家宣時代に柳沢吉保・間部詮房という老中を凌