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こんばんは♪今日も朝から花粉などで霞んでいて気温はめっちゃ上がりました(^^ゞ明日は朝方まで雨が降りますが、その後は回復して気温はもっと上がるとの予報です(^^ゞ日々の気温差に気をつけて、体調崩さないようにしないとです。新型コロナウィルスは完全に収束するのはもう少し時間がかかりまだまだ注意が必要です。今後も感染拡大しないように生活していかないとです。日々できるだけ穏やかに過ごすコトが出来たら良いな♪さて、今日は木曜日ダイスキな大河ド
独眼竜政宗(50)「大往生」(最終回)家光が三代将軍になり、副将軍・政宗の地位は盤石です。母の保春院は晩年を仙台城で過ごし、一生を終えます。寛永2年(1625)、政宗は嫡男・忠宗に家督を譲り、能や詩歌を楽しむ毎日を送ります。しかし、政宗の体はすでに病に侵されていました。政宗は「画像にも木像にも両眼を入れさせろ。来世では両眼でめごの姿を見たい」と愛姫(めごひめ)に言い残し、寛永13年(1636)5月、享年70で大往生を遂げました。出演渡辺謙、三浦友和、桜田淳子、沢口靖子、勝野
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m1589年(天正17年)の摺上原の戦いで会津の蘆名氏に勝利し、南奥州の覇者となった政宗様。まさに翔ぶ鳥を落とす勢いでしたが、このときすでに天下の趨勢(すうせい)は豊臣秀吉の世へと移り変わっておりました。政宗様が天下獲りの野望をどこまで抱いていたのかは定かではありませんが、少なくとも南奥州の半分を得て戦国の世の国盗り合戦を終戦させようとは思っていなかったはず。されど、多勢に無勢。そこは情勢を
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m昨今では、一般家庭のTV番組の録画機器の普及、ネット配信、ニーズの多様化、さらにはそもそも地上波のTV番組を観る人が右肩下がりに減り続けており、NHKの大河ドラマへの注目度も視聴率も凋落の一途をたどっているような状況です。我らが伊達政宗様が主役に抜擢された1987年の大河ドラマ「独眼竜政宗」は大河ドラマ史上最高の平均視聴率39.7%(ちなみに最低はいだてんの8.2%)を記録し、その金字塔はいまだに
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m今年も早いもので、4月を迎えました。我が仙台城ガイドボランティア会も4月5日(土)からガイド初めとなり、春の到来とともにガイド活動もいざ出陣です!さて、4月といえば年度初めの月。学生さんであれば、新入学にクラス替え。社会人であれば、新入社員だったり、人事異動で新しい環境でリスタートを迎えるという方もいるでしょう。今回は初対面の人との会話において、気を付けておきたいキーワードが実は我らが
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m仙台といえば、東北新幹線を利用して仙台駅に降り立つという人が多いとは思いますが、実は高速バスを利用し、長いバス旅の末に仙台駅というか仙台駅周辺のバスターミナルに到着するという方も結構な割合でいらっしゃる。乗っているだけとはいえ、長時間バスに揺られるのって結構疲れが溜まるもの。(-_-;)そんなバス旅がメインな方にはぜひとも知っておいて頂きたいのが、2025年2月5日にオープンしたその名も「D
二の丸の最北端には、御算用矢倉跡の礎石が残っています。モノレールの跡みたいなのがありました。そして宇和島城本丸に到着しました。宇和島城に正式の天守ができたのは、藤堂高虎の築城のとき、慶長六(一六〇一)年ころであったと考えられます。宇和島市街地の中心部に位置する標高約73mの丘陵地に、初めて天守が建造されたのは慶長6年(1601)藤堂高虎築城の時とされています。この時の天守は3重3階下見板張の望楼型の天守だったと
「赤穂浪士」や「源義経」に舟木さんが出演されていたころは、熱心にNHKの大河ドラマを見ていた。その後、見たり見なかったりが続いている。源平や鎌倉、室町時代、一番好きな戦国時代等で、興味のある役者さんが主役だったりすると見ていた。幕末も新選組が中心なら見てしまう。苦手は明治維新から以降。今年は珍しい江戸の文化を描いたような蔦屋重三郎の話。しばらく見ていたが早々と脱落してしまった。代わりにNHKBSの「独眼竜政宗」を第1回からずっと見続けて、もう最終回も近くなった。大河ドラマ最高の視聴率を
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂き、ありがとうございます。m(__)m今も昔も庶民も国家もとかく「借金」との付き合いは切っても切れないもの。俗に「国の借金」と言われるものは2025年9月末時点で約1333兆円(財務省発表)あるんだそうで、国民一人当たりに換算すると約1080万円の借金に相当するそうです。(2025年7月時点の計算)。伊達政宗様が初代藩主を務めた仙台藩は、伊達六十二万石の雄藩で実高は百万石あったと言われていますが、幕末の仙台藩は、「天保の飢饉」後の