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仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m戦場で討ち取った敵の首を切り落とし、自分の手柄(戦功)の証拠とする「首級(くびじゅ・しゅきゅう)」の風習が、日本の戦場で組織的・一般的になったのは「平安時代の終わりから鎌倉時代にかけて(12世紀後半)」なのだそうです。そもそもどうして相手の首を取って手柄とする風習が定着したのでしょう?古代中国(秦の時代など)では敵の首の数で階級が決まる「首功制」という制度があり、これが日本の武士のルーツで
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m大河ドラマや時代劇などで武士役の役者のヘアスタイルといえば、決まって「ちょんまげ」ですよね。我らが伊達政宗様も片倉小十郎も織田信長も豊臣兄弟も徳川家康もたぶん、当時の武家の男子は当たり前のようにこのヘアスタイル(?)だったと思われます。でも、この「ちょんまげ」の疑問って意外と尽きないと思いませんか?そもそも、なぜ「ちょんまげ」というのか?いつから、ちょんまげを結うようになったのか?今
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m戦国時代の武将たちが何を求めて戦いのしのぎを削ったのか?天下を取る!といった男のロマンは伊達政宗様が頭角をあらわし始めた頃には、もはや秀吉、家康へと趨勢は固まりつつありました。そうなると、一番の関心事はなんといっても「領地拡大」がメインテーマ。秀吉の惣無事令が発せられてからは、おいそれと戦は出来ない状況ではあったのですが、政宗様は頑張りました。(あとで取り上げられたけど、、、。)
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m戦国の群雄割拠のあの時代、兵どもが覇権を掛け、愛する人を守るため、命懸けで火花を散らしたのが、歴史好きのみなさんが心躍る戦国時代。シュミレーションゲーム信長の野望や戦国BASARAなど、ゲームのヴァーチャル世界では、各武将の強さがパラメータで決められたりして、それをもとに雌雄を決することになりますが、こんな戦国武将対決は前代未聞!ブログ上で勝手に戦国武将の一騎打ちをやって頂きましょう!
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m昭和世代の身にとって、マラソンとは42.195キロというとてつもなく長~い距離を走る、辛くて苦しいスポーツで、全盛期の宗兄弟や瀬古利彦とイカンガーのデッドヒート(1983年)をTV中継を通して見守る、そんな遠い世界のエンターテインメントだったように記憶しております。時は流れ、あらから40数年。有森裕子に高橋尚子に野口みずきという五輪メダリストの誕生により、マラソン熱が急上昇!昨今では多くの市民ラン
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m私たちは学生時代、日本史の教科書でこのように教えられてきましたね。源頼朝が開いた初の武家政権の鎌倉幕府。成立した1192年を「いい国作ろう鎌倉幕府」なんて、語呂合わせで覚えさせられましたが、昨今では、頼朝が全国に守護と地頭を設置した1185年=「いい箱作ろう」説が有力なんだとか。そして、建武の申請を経て誕生したのが足利尊氏の室町幕府。これは、三代将軍の足利義満が京都の室町の花の御所で政務を行
仙台城ガイドボランティア会のブログをご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m大河ドラマや時代劇などでお殿様と家臣の距離が離れていて、「近う寄れ」なんて言って、家臣が遠慮気味に近寄ると、「もっと近う、もっと」などと言って、それこそ膝を突き合わるぐらいの距離で直接お殿様と会話をするシーンなんかがあったりします。でも、あれって不思議に思いませんか?いくらなんでも、志村けんのコントにでてくるようなお殿様と家臣のような光景があるわけがない!遠山の金さんも暴れん坊将軍もあまりに