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日本の遺構100選巡り36ヶ所目は夕張炭鉱跡へ。。1889年より開発が始まった国内最大級クラスの夕張炭鉱最盛期人口は11万6千人を誇った高度成長期の象徴とも言える夕張しかしエネルギー革命以降は産出激減し1990年の閉山以降は衰退の一途を辿り2007年には全国自治体初の財政破綻人口減少率は全国ワーストクラスで現在約6,000名と歌志内市に次いで国内で2番目に人口の少ない市でさながらゴーストタウンのようで…約30年前の大学時代の頃は日通の夕張メロン配送バイ
↑↑↑いつもたくさんのクリックをありがとうございますw!(^^)!2025年3月16日(日)の記録です。万田坑の第一立坑跡から敷地外側を見ていた時、気になる廃墟風物件を発見していました。どうしても気になって、それを確かめてみたくなり、地図とにらめっこ。そしてたどり着きました。そこはアソニットという会社の工場跡で、巨大廃墟となっています。炭鉱時代に負傷し炭鉱で働けなくなった方や、死亡してしまった方の奥様が働けるように
長崎のザ・ラスト銭湯に行った翌日『ザ・ラスト銭湯in長崎県』♨️高崎湯東京の銭湯は年々減少の一途ですが、地方においてもその状況は同様。そうした中、長崎県には休業を除いた営業中の銭湯は残り2軒。その言ってみれば長崎の”…ameblo.jp長崎の「島」にあるもう一つの”ザ・ラスト銭湯”へと向かいました長崎市内から車で1時間半程で神ノ浦港へ到着しそこからフェリーで向かったのが、沖合7キロに浮かぶ周囲4キロの小さな島の池島です池島は、かつて炭鉱で栄えた島最盛期にはおよそ8千人が暮らした
雇用促進住宅は1959年から、炭鉱の閉山により移転を余儀なくされた雇用者に当面の居住の地を提供するなどの役割を果たすために、独立行政法人雇用・能力開発機構の前身である特殊法人の雇用促進事業団によって全国に多数建設されました。近年、雇用促進住宅は一括して民間に売却されることになり、関西ではビレッジハウス・マネジメント株式会社がその多くを所有しています。ビレッジハウスは、ソフトバンクグループ傘下の米投資会社フォートレス・インベストメント・グループで、2016年12月にビレッジハウス・マネジメ
日本三大億万長者・菊地寛実翁の弟、戸部光衛が築いた―常磐炭田に唯一残る“炭鉱所長宅”を訪ねて―いわき市には、かつて本州最大の炭鉱会社常磐炭鉱が存在し当院も炭鉱病院と活躍していた時代もありました。現在も、地域貢献の一環として「常磐炭田史研究会」に所属し炭鉱時代の歴史を語り継ぐ事業に参加させていただいております。今回は、現在の残る「炭鉱住宅」の見学会の様子をお伝え致します。日本の近代化を支えたエネルギーの中心地の一つ、常磐炭田。その歴史の中に、ひっそりと
アクセスありがとうございます😊子供達の夏休み真っ只中🌤️家事やお出かけと色々と大変だと思います。色々な所を行き尽くし、どこに行こうか迷っている方もたくさんいらっしゃるでしょう。もしかしたら穴場な施設が以外と近くにあるかもしれませんよ。今回はそんな穴場的施設を訪れました🚙石炭産業科学館福岡県大牟田市にある《石炭産業科学館》この日は大牟田の大イベントである大蛇山まつりが目的だったので、時間までの暇つぶしと思って行ったのですが、いやはやコレが想像以上に素晴らしい!暇つぶしではな
あーあ。。12月になっちゃった。2024年の11月のネタを1年越えちゃったまぁ、いいか。覚えてる範囲で残していこうと言うことで2024年11月。この日は南下しなくては行けないので、直方を経由することに。私の母は飯塚出身でしたので、昔の栄えてた頃を聞いてましたね。そう。筑豊は炭鉱で栄えた街。詳しくは知らなかったのでコチラヘ見学。入館料は100円。わざわざ説明をくださる方が居られて軽く説明。我が家の近くにも炭鉱跡があり、身近な炭鉱。中学校の窓からはボタ山見えてましたからね。