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産経新聞掲載「韓国よ、甘ったれるな」を引用し、日韓請求権協定、戦後補償、徴用問題、資産放棄額の試算を整理する。韓国最高裁判決と日本の対抗措置の可能性を論じ、戦後清算の法的枠組みを検証する一章。2019-01-14以下は11-06の産経新聞12ページに「韓国よ、甘ったれるな」と題して掲載された記事からである。以下は、総資産は約17兆円で、韓国部分は現在に換算して8兆円という試算がある。と題して2018-11-06に発信した章であるが、今、アメーバで公式ハッシュタグランキング:大邱16位に、
長崎のザ・ラスト銭湯に行った翌日『ザ・ラスト銭湯in長崎県』♨️高崎湯東京の銭湯は年々減少の一途ですが、地方においてもその状況は同様。そうした中、長崎県には休業を除いた営業中の銭湯は残り2軒。その言ってみれば長崎の”…ameblo.jp長崎の「島」にあるもう一つの”ザ・ラスト銭湯”へと向かいました長崎市内から車で1時間半程で神ノ浦港へ到着しそこからフェリーで向かったのが、沖合7キロに浮かぶ周囲4キロの小さな島の池島です池島は、かつて炭鉱で栄えた島最盛期にはおよそ8千人が暮らした
鉱山リストここ最近は酷暑で外へ出るのも億劫でどこへも行けていません.その間は資料漁りを敢行していて,明治から戦中くらいにかけての文献を読み漁っていました.字体や言い回しが古臭く,現代読みでは意味が全く通じないような例えや慣用句がでてきて難儀しています.戦中のカタカナ読みの文章が極端に読みづらく時間がかかってしまう.それでもなんとかデータにするため,重い瞼を開きながら完読しました.滋賀県湖北・湖東の鉱山22か月ぶりの鉱山リストシリーズです.今回は甲賀郡以北
今日は、昨日のメンバーに神宮寺隊員、親方が合流し長崎県佐世保市にある無人島の永ノ島へ。瀬渡しで10分到着永ノ島は、ここです。かつて、永ノ島炭鉱として栄えた島で、明治時代から昭和初期にかけて石炭を採掘していました。1897年:坂田某が採炭権を取得し、永ノ島での採炭が始まる。1906年:初期の採炭が終了し、炭鉱は閉鎖。1947年:堀川辰五郎が採掘権を取得し、再開。1953年:再度閉山。1960年代:栗山鉱業株式会社による本格的な開発が始まり、
雇用促進住宅は1959年から、炭鉱の閉山により移転を余儀なくされた雇用者に当面の居住の地を提供するなどの役割を果たすために、独立行政法人雇用・能力開発機構の前身である特殊法人の雇用促進事業団によって全国に多数建設されました。近年、雇用促進住宅は一括して民間に売却されることになり、関西ではビレッジハウス・マネジメント株式会社がその多くを所有しています。ビレッジハウスは、ソフトバンクグループ傘下の米投資会社フォートレス・インベストメント・グループで、2016年12月にビレッジハウス・マネジメ
2025年12月に公開されたポッドキャスト番組エイト・シーズ株式会社presentsぎゃん楽しかけん大牟田行かん?にファンクラブメンバーの山田さんが出演し宮原坑を案内しました。
志免町(しめまち)の竪坑櫓(たてこうやぐら)である。櫓の部分は1941(昭和16)年に着工。1943(昭和18)年に完成。地下の竪坑は1943年(昭和18年)から1945(昭和20年)に完成したという。高さは約48メートル。当時としてはかなりの高さである。詳しくは志免鉱業所竪坑櫓-Wikipediaをご覧あれ。この竪坑櫓(たてこうやぐら)を初めて見たのは小学校に入学する前だった。当時はこの櫓の窓ガラスは全部健在であった。1990年代の後半ごろから窓ガラスがぽつぽつ割れはじめ、2