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8月のこの日になると、終戦特集がニュースで流れる。とにかく、メディアや学校は、戦争の恐ろしさを戦争を知らない私達、世代に伝えてくれた。勿論、戦争なんて考えただけで恐ろしい。しかも他国では、戦争が未だに繰り返されている。真実の平和は、人間がいる以上やって来ない気がする。太平洋戦争の真珠湾攻撃をテーマにした映画で、日米合作映画である。トラ‥トラ‥トラ!1970年公開当初、日本側の監督は、世界の黒澤明監督が行う筈であったが、登板して深
「夜がひしめいて息をこらしている。私はこういう晩が好き。犯罪が起こりそうで身体がほてる。貴方はどう?」秘密クラブで明智小五郎は妖しい魅力の緑川夫人と出逢った。彼らが再び顔をあわせたのは宝石商の岩瀬氏の邸宅だった。“悪魔がお嬢さんを盗もうとしている。今夜12時注意せよ”誘拐脅迫文が送られ、明智と夫人は令嬢の寝室前で犯行予告時刻まで対峙する。黒蜥蜴深作欣二監督三島由紀夫戯曲1968年丸山明宏(三輪明宏)木村功松岡きっこ西村晃三島
『黒薔薇の館』を鑑賞。劇場のスクリーンで本作を鑑賞するのは初めてです。1968年公開『黒蜥蜴』の好評を得て製作された深作欣二✕丸山明宏(後:美輪明宏)の第二作。『黒蜥蜴』は江戸川乱歩の原作で、三島由紀夫が戯曲化したものを映画化した訳ですが『黒薔薇の館』は映画のオリジナル企画です。前作の『黒蜥蜴』を意識し過ぎていたのでしょうか、本作では言葉による表現に頼りすぎている感があります。『黒蜥蜴』は上述の様に戯曲の映画化という事もあり、一部に於いては戯曲の台詞を其のままに、本来舞台で表現したものを如
東映に欣二と健太がいた日。2000年監督/深作欣二それには2つの理由がありましたが、まずはなんといってもキャスティングですよね。藤原竜也、前田亜希、柴咲コウ、栗山千明、安藤政信など若者から支持を受ける旬の人気俳優陣。そして、作品の暴力性について国会で議論が交わされ、ニュース番組で取り上げられるほど社会的関心を集めた話題性。これらすべてが製作陣の仕掛けた宣伝・策略に思え、当時のボクは一歩引いてしまったのです。だから2000年公開の超話題作『バトル・ロワイアル』が敬愛する深作欣二監督の
「火宅の人」「火宅の人」1986年4月12日公開。檀ふみの父・檀一雄の遺作「火宅の人」の映画化。受賞歴:第60回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞(いしだあゆみ)第60回キネマ旬報ベスト・テン第5位、読者選出日本映画ベスト・テン第1位第41回毎日映画コンクール女優主演賞(いしだあゆみ)第29回ブルーリボン賞主演女優賞(いしだあゆみ)第11回報知映画賞主演女優賞(いしだあゆみ)、助演女優賞(原田美枝子)第10回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞(深作欣二)
1976年、東映製作のバイオレンス・アクション「新仁義なき戦い/組長最後の日」を鑑賞しました。大阪の坂本組がバックにつく米元組と下関の河原組は九州を舞台に麻薬の売人の殺害をめぐり抗争をはじめる。河原組と同じく「七人会」の下部組織である岩木組の野崎は組長の岩木を米元組組員に殺された事から大阪に乗り込んでいく。「仁義なき戦い」シリーズの5作とは違い独立したストーリーで製作された「新仁義なき戦い」シリーズの最終作で、、「仁義なき戦い」シリーズ終了後、実録派路線に否定的だった菅原文太の意向により
いつかギラギラする日-1992-この映画はYouTubeの期間限定配信で観ました1992年公開解説『いつかギラギラする日』は、1992年(平成4年)に公開された、日本のアクション映画である。1980年代は主に女性映画や文芸映画を撮ってきた深作欣二が、当時映画界の有力プロデューサーだった松竹の奥山和由と組んで、久しぶりにアクション映画に挑戦した作品である。「仁義なき戦い」シリーズなどで日本のアクション映画の巨匠として知られた深作監督が、その本領を存分に発揮したかのようなハードタッチ
監督・蔵原惟繕深作欣二五木寛之原作の大河小説「青春の門」は1969年(昭和44年)に「週刊現代」で連載開始。1994年(平成6年)の第8部まで断続的に連載され2017年(平成29年)より23年ぶりに連載開始。単行本としては「第一部・筑豊篇」が1970年に刊行。「完結篇」が世に出たのは2022年と断続的ではあるけれど50年もかかっているそうです。でもって映画化は1975年、1977年に「青春の門・第一作」と「自立篇」の2