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「火宅の人」「火宅の人」1986年4月12日公開。檀ふみの父・檀一雄の遺作「火宅の人」の映画化。受賞歴:第60回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞(いしだあゆみ)第60回キネマ旬報ベスト・テン第5位、読者選出日本映画ベスト・テン第1位第41回毎日映画コンクール女優主演賞(いしだあゆみ)第29回ブルーリボン賞主演女優賞(いしだあゆみ)第11回報知映画賞主演女優賞(いしだあゆみ)、助演女優賞(原田美枝子)第10回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞(深作欣二)
監督・蔵原惟繕深作欣二五木寛之原作の大河小説「青春の門」は1969年(昭和44年)に「週刊現代」で連載開始。1994年(平成6年)の第8部まで断続的に連載され2017年(平成29年)より23年ぶりに連載開始。単行本としては「第一部・筑豊篇」が1970年に刊行。「完結篇」が世に出たのは2022年と断続的ではあるけれど50年もかかっているそうです。でもって映画化は1975年、1977年に「青春の門・第一作」と「自立篇」の2
以下の動画は映画『いつかギラギラする日』(1992年公開)です。明日まで無料で視聴できます。この映画には主要登場人物である荻野目慶子と木村一八の濡れ場があります。該当のシーンは1:02:55あたりから観れます。濡れ場があるのは想定してなかったので、思わぬ副産物(?)でした。もともとアクションを期待して視聴しましたからね調べてみると、荻野目は本作以外の作品でもたびたび濡れ場を披露していたんですね。後に本作を監督した深作欣二とは不倫関係になったということで、ある意味濡れ場が似合う女優で
仁義なき戦い終戦直後の呉復員後遊び人の群れに身を投じていた広能昌三は、その度胸と気っぷの良さが山守組々長・山守義雄の目にとまり、山守組の身内となった当時の呉には土居組、上田組など四つの主要な組があったが、山守組はまだ微々たる勢力にしかすぎなかったそこで山守は上田組と手を結ぶことに成功し、当面の敵、土居組との抗争に全力を注ぐその土居組では組長の土居清と若頭・若杉が仲が悪く、事あるごとに対立し、とうとう若杉は破門されてしまったそして、若杉は以前からの知り合いである広能を通じて山守組へ
「県警対組織暴力」(1975)昭和の警察とヤクザの抗争を描いた名作をAmazonプライムビデオで久々に観ました。監督は深作欣二。予告編はコチラ。昭和38年、西日本の倉島市が舞台。戦後から最大勢力を誇る大原組は、新興の川手組に手を焼いています。組長は出所間近とはいえ、長い懲役で服役中。かつては組長の弟分だった市会議員の友安(金子信雄)が地元財界と癒着していて、関西の大暴力団の息がかかった川手(成田三樹夫)を石油会社用の土地買収に利用している状況。大原組を代理で預かる若衆頭の広
このところの当ブログでは、『仁義なき戦い・代理戦争』(1973深作欣二監督)、『仁義なき戦い・頂上作戦』(1974深作欣二監督)とトランプが跳梁する今の状況に関連づけて書いています。ベネズエラに対し、武力で「石油」を奪い、自分たちが「運営」するとまで言ってるドナルド・トランプ。結局、やってることは「縄張り」や「利権」を力づくで奪い取るヤクザ組織と何ら変わりません。「麻薬」とか「民主化」のためとか理由をつけていますが、大組織が地方都市に進出して、縄張りを拡大するために挑発したり、切っ掛けを作
いつかギラギラする日-1992-この映画はYouTubeの期間限定配信で観ました1992年公開解説『いつかギラギラする日』は、1992年(平成4年)に公開された、日本のアクション映画である。1980年代は主に女性映画や文芸映画を撮ってきた深作欣二が、当時映画界の有力プロデューサーだった松竹の奥山和由と組んで、久しぶりにアクション映画に挑戦した作品である。「仁義なき戦い」シリーズなどで日本のアクション映画の巨匠として知られた深作監督が、その本領を存分に発揮したかのようなハードタッチ
『仁義なき戦い・代理戦争』は、シリーズ3作目。村岡組長(名和宏)が病気になり、跡目をめぐって抗争が起こることになります。第1候補の打本(加藤武)は、広能(菅原文太)が日本最大のヤクザ組織・明石組の幹部・岩井(梅宮辰夫)と兄弟分であることを知り、広能を介して明石組長の舎弟・相原(遠藤辰雄)と兄弟分になります。しかし、明石組の勢力をバックに跡目を狙う打本に対して気分を害した村岡は、跡目を山守(金子信雄)に譲るんですな。岩国で山守の身内の槙原(田中邦衛)の舎弟と打本の舎弟の争いが勃発。山守は傘下の者
1982年TBS近藤照夫プロダクション監督下村和夫深作欣二小松範任脚本高久進撮影下村和夫吉田業重撮影助手山本英夫助監督長石多可男丹波哲郎若林豪范文雀鹿賀丈史谷村昌彦藤川清彦江波杏子梅津栄谷隼人岡まゆみ江角英明阿藤快中田譲治結論、悪くはなかったが、最終回にしては小ぶりで、人情味を重んじた作風になって