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転倒からはじまった母の介護しばらくは遠距離介護をしていましたそんな母の遠距離介護に限界を感じ(そのお話はこちら)実家での同居介護をはじめて(そのお話はこちら)二ヶ月がたった頃...自宅で再び転倒し救急搬送された母そのまま入院し2度目の大腿骨骨折の手術をしました(そのお話はこちら)約3ヶ月の入院後ほぼ寝たきりになり退院しましたしばらくしてコロナ禍が終わり実家を売却して(そのお話はこちら)父と母も連れて私の自
こんにちは。がん専門医のひまわり先生です。師走の忙しい中、ひまわり先生のブログを読んでくださり、ありがとうございます。寒い日が続きますが、今日も寒さに負けない情熱で、行きますよ‼💠前回までのあらすじ60代前半の女性。お腹の痛みと尿の色の変化で受診し、膵がんの可能性が高いと診断されました。胆汁の流れを改善するため、ERCPで金属ステントを留置(第2・3話)。その後の検査で、大事な血管に巻きつく膵がんであることが判明し、「抗がん剤で小さくしてから手術へ」という方針
10/21(火)手術して約一ヶ月の診察の日まだへそ周りは痛む😟へそは十字のような傷口で、4cm弱ある気がする😓痛いけど、日常生活に戻りつつあるし、食事制限もとくにないので普通に食べてる。いや、反動なのかストレスなのか…食べ過ぎている😭トイレの回数は増えてる…たまにかなり射し込む痛みの下痢になる🚽何食べたから…とかはわからない😓摘出した胆嚢の写真を見せてもらった。細かく検査したけど、癌は見つからなかった🙆との事。これで胆嚢癌予防は出来た✨それから傷口を見せて終わり。
2024年の話。膵臓がんの膵頭十二指腸切除手術の退院後、1週間(3月1日〜7日)病院のように距離を歩くことはせず、ドラマも見ずにひたすら寝てました病院で良く歩いてたなぁと思うくらい、全く歩きませんでした(笑)病院ではそれだけ頑張っていたのかと。でも歩いたおかげで回復した気が実感としてあるので病院では頑張れて良かったです体重は炎症の水分で太った3キロが、退院時には戻ってました。なので食べてない割には数字上は痩せてない感じでした。そして食べられる量が少ないけど、食べたい欲求か
5回目のバルーン拡張術を受けるため、大学病院へ向かった。数日前から雪の予報が出ていたため、前日は姉の家に泊まり、病院まで送ってもらうことにした。結果的には予報ほど雪は積もらず、JRも通常運行だったようだ。病院の玄関まで姉に送ってもらい別れた後、相変わらず多くの人で混み合っている受付の待合所で、番号が呼ばれるのを待った。20分ほど待った後、受付を済ませて消化器外科へ向かうと、すぐに点滴のルート確保を行い、その後、検査室へ向かうよう指示があった。天候が悪かったせいか、普段より検査待ちの人
今、外科医のなり手がほとんどいなくて、外科が存続の危機に瀕しているということをご存知でしょうか?私が大学を卒業して医者になった頃は外科といえば花形の職業でした。男子の憧れとでも言いましょうか。カッコイイというイメージがあったものです。実際、外科に入局する男子も一学年で消化器外科、胸部外科、脳神経外科など全部合わせると30人前後はいたと思います。当然、外科研修は超ハードで、私は阪大で皮膚科の研修医をしていたのですが、当時、第一外科の研修医だった同期のN君とエレベーター