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藤吉郎、小一郎の姉(宮澤エマさん)の息子「万丸」が登場しています。皆様ご存じのとおり、この万丸が、のちに秀吉の跡を継いで二代目関白・豊臣秀次になるわけですが。小一郎に抱きかかえられてるこの秀次、このまましばらく平穏に暮らしていくのか、っていえば、そんなはずはないだろうな、というのは、予告編ですでに宮澤エマさんが「この子は渡さない!」って泣いて叫んでいるシーンが出ているので、明らかです。藤吉郎は急に出世したので、譜代の家来ってのがいない。てことで、兄弟姉妹の夫や子供を手駒としてフル活用するし
※オタク記事です。今夜だけ許して浅井長政様の仏像こんばんは。この時間に投稿だ。先ほど、大河ドラマ「豊臣兄弟」を観たーー小谷落城。歴女なら、大河ドラマのその先の展開なんて、もう知っている。史実通り、浅井長政は織田信長に攻められて、城は落ちる。知っている。知っているさ。それでも――悲しいね。画面の向こうで起きているのは、何百年も前の出来事なのに、どうしてこんなに胸にくるんだろう。戦国武将には、魅力的な人がたくさんいる。強さも
※ネタバレありです。浅井長政がお市のために大火傷したときは今後の視聴はどうしたもんかと頭を抱えたのですが…ここ2回は楽しく拝見してます。第12回小谷城の再会可愛い子どもたち(万福丸、茶々、のちの秀次)公家から馬鹿にされる秀吉秀吉の女癖歴史を知ってる人なら見てて辛いよね?な展開は大河ファンの大好物ですね。大河ファンってどMなの?幸せな木下ファミリーとひとり悩むおねね様そのおねね様に「子ができぬかもしれませんから」と言わせるのは地獄みが深かったです。ところで何の
何の予定のもない日曜日。昼間は少しポケモンGOのルートをしてきた。今のうちにしておかないと夏はキツいからね。いつものように大河ドラマを流し見する。浅井長政役の中島歩氏のイケメンぶりはドラマには邪魔なような気がしてならない。それは朝ドラ「あんぱん」のときも思った。途端にドラマが嘘臭くなる。ただ浅井長政役の人がダサい衣裳着てセリフ言っているだけに見える。反面前田利家役の大東駿介氏の顔には奥行きを感じる。彼の表情の裏には無
今年は、寧々さんの出じろが少ない!今週はついに寧々さん出ませんでした。せっかく浜辺美波さんをブッキングしているのに、この扱いはなんでだ?理由は簡単です。普通の秀吉ドラマでは妻の寧々さんがやるはずの事を、今年は全部、小一郎がやってしまうから、です。まあ「豊臣兄弟」なんだから、これは仕方ないわけですが。たとえば、墨俣に素早く砦を築くには、どうすればいいか?というとき、汁物の料理を作ってた小一郎が、「そうか、下拵えが大事なんだ!」と気付くシーン。あれなんか、ホントだったら寧々さんが料理して気が
3月3日火曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物斎藤龍興(濱田龍臣)斎藤龍興/一色龍興(さいとうたつおき/いっしきたつおき)戦国時代の美濃国の戦国大名。道三流斎藤家3代(美濃一色家2代)。父・斎藤義龍の急死により若年にしてその跡を継ぐが、尾張の織田信長に美濃を奪い取られた。その後も越前朝倉氏と協力して美濃復帰を目指したが、実現することなく討ち死にした。天文16年(1547年)または17年(1548年)に、斎藤義龍と妻・浅井氏(浅井久政の
【滋賀】賀県長浜市湖北町の浅井家3代の祈願寺小谷寺大河ドラマ『豊臣兄弟』第13回「疑惑の花嫁」の大河ドラマ紀行で登場した長浜の『小谷寺』。長浜市は千年以上も前から数多くの観音様を村々で大切にお守りする「観音の里」小谷山の麓にあり浅井家の祈願寺としてお市や三姉妹もたびたび詣でたと伝わります。【小谷城址御城印】※春限定御城印も出ています【小谷寺御朱印】以前お受
『飛び出し坊や』は、子供たちが道路に飛び出して交通事故に遭うのを防止するため、注意喚起として設置された看板のことを言います。滋賀県は『飛び出し坊や』の発祥の地(東近江市八日市)であり、滋賀県の設置数は日本一といいバリエーションに富んだデザインは地域の特色を活かしたものが多数あります。NHKの大河ドラマ『豊臣兄弟』にあわせて長浜市の駅前商店街では「戦国武将と姫がとびだす!長浜まちめぐり」と題して街中に『飛び出し坊や』全27体が設置されています。『飛び出し坊や』は、豊臣兄弟に関係する
今回は、何と申しましょか。秀吉京都奉行就任やら、二条御所からくり屋敷やら、明智光秀の足利義昭に対する思いやら(もう、フラグが立っとる…)、小谷城での陰謀やら、色々あったのですが、個人的には『赤ちゃん祭り、ちっちゃい子祭り🐥』だったなぁ(≧▽≦)と。でも、この子たちの行く末を思うと(〒﹏〒)読経で圧をかける坊さん集団やら、お公家さんたちの相手やらの京都奉行でのお役目に疲れ、女遊びをする秀吉。(秀吉の善意だがなんだか、分からないままに巻き込まれる小一郎💧)その日もいつものよう
1月15日木曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物森可成(水橋研二)森可成(もりよしなり)戦国時代の武将。土岐氏、後に織田氏の家臣。美濃国金山城主。大永3年(1523年)、森可行の子として尾張国葉栗郡蓮台(現岐阜県羽島郡笠松町)に生まれた。美濃国の守護大名である土岐氏に仕えた森氏は土岐氏に仕える事二百年といわれ、父の可行(もりよしゆき)は祖父・森可秀が享禄元年(1528年)に小谷城付近で討死したため家督を継いだ。この頃の土岐氏は、斎藤道三が
武田信玄像(甲府駅前)武田氏は新羅三郎義光を祖とする清和源氏の一流。義光の子・源義清が常陸国那珂郡武田郷(現在の茨城県ひたちなか市)を与えられたことで「武田冠者」と呼ばれたことに始まります。その後、義清は隣国との境界争いから子の清光とともに甲斐国へ配流となりました。ただ、清光が「武田」を名乗った形跡がなく、子の信義が巨摩郡武田郷(現在の山梨県韮崎市)に館を構えて武田を継承したのだといわれています(甲斐源氏)。武田信玄は甲斐武田家第19代当主。1571年(元亀2年)頃までに信濃・上野
9月10日水曜日深夜再放送信長協奏曲(のぶながコンチェルト)主要登場人物森可成(もりよしなり)モリリン(森下能幸)森可成(もりよしなり)は、戦国時代の武将。土岐氏、後に織田氏の家臣。美濃国金山城主。大永3年(1523年)、森可行の子として尾張国葉栗郡蓮台(現岐阜県羽島郡笠松町)に生まれた。美濃国の守護大名である土岐氏に仕えた森氏は土岐氏に仕える事二百年といわれ、父の可行(もりよしゆき)は祖父・森可秀が享禄元年(1528年)に小谷城付近で討死したため
先に謝る。今日はマニアックだよ。おはようございます。今年に入ってから、毎週日曜20時は息を呑んでNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」を観ている。……面白い。昨夜の放送は「姉川大合戦」ここで私の“推し”――淀殿の両親、浅井長政とお市の方が頻繁に登場している。推しの両親ということは――もう私の両親みたいなものだ。さらに言えば、織田信長は私にとって叔父になる。すごい人だけど。血縁にいたら困る。やばい。遠くで見ていたい人だ
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の秀吉・秀長兄弟の主君・織田信長に頭を下げさせたのに、滅亡させられた朝倉義景について『にっぽん!歴史鑑定|ヒストリーチャンネル』の内容メモです。朝倉義景、名門意識・家族思い・一乗谷が大好き!で、打倒信長のチャンスを逃がして、滅亡に(『にっぽん!歴史鑑定|ヒストリーチャンネル』より)内容について2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』の秀吉・秀長兄弟が仕えた織田信長を実は結構追い詰めていた朝倉義景についてです。朝倉義景は、1533(天文
9月21日日曜日信長協奏曲(信長コンチェルト(再放送)主要登場人物浅井長政(高橋一生)浅井長政は、1545年(天文14年)生まれ。幼名は「猿夜叉丸」(さるやしゃまる)。浅井家の3代目当主で、祖父は「浅井亮政」(あざいすけまさ)です。浅井亮政は、北近江(きたおうみ:現在の滋賀県長浜市、米原市、彦根市周辺)の守護であった京極氏に仕えていましたが、京極氏の後継者争いの際に乗じて一揆をおこし、北近江の土地を支配するようになりました。父は「浅井久政」(あざいひさまさ)。武
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で宮崎あおいさんが演じるお市について『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|全番組が無料放送』でみる。織田と浅井、秀吉と勝家の間を取り持つ役割を果たせずも、その血流を将軍家・天皇家に残したお市の方(『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|』より)内容と感想大河ドラマ『豊臣兄弟!』で、秀吉たちも憧れる存在として描かれるであろう信長の妹・お市の方のついてです。<お市の方の年表>(『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン
大河ドラマ『豊臣兄弟!』で宮崎あおいさんが演じるお市の方が嫁いだ浅井長政と織田信長、その同盟関係の破綻を『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|全番組が無料放送』でみる。信長の提案で、妹・お市まで嫁に差し出して実現した同盟も、方向性の違いから浅井長政は離反を選ぶ(『偉人・敗北からの教訓|BS11(イレブン)|』より)内容と感想大河ドラマ『豊臣兄弟!』で、宮崎あおいさんが演じるお市の方が同盟関係のために嫁いだ浅井長政と兄・織田信長、その二人の関係が変化してい
小谷山(標高494.6m)に築かれた小谷城は、北近江の戦国武将の浅井長政の居城であり、その堅固な山城は日本五大山城に数えられています。小谷山から南に伸びる尾根を城郭化した山城には「本丸」「中丸」「京極丸」「小丸」「山王丸」などの曲輪が残り、山頂には「大嶽城跡」があります。小谷城は浅井長政と義兄にあたる織田信長が戦った「小谷城の戦い」で知られており、浅井氏は信長軍との戦いの中、小谷城に籠城するも、朝倉氏の滅亡や寝返りなどで孤立していきます。最後は長政の居る「本丸」と父・久政の居る「小丸」の
おはようございます。今回は予約投稿です。前回の続きです。『豊臣兄弟!15話姉川大合戦』こんにちは!昨日の再放送、無事に録画できていました。(昨日は仕事のため、TVでは観れませんでした)今朝、録画したものを観ました。今回は豊臣兄弟15話「姉川大合…ameblo.jp織田軍の方に、遅れてやって来た徳川軍たち…。家康の話では「武田への備えに手間取ってしまった」との理由です。笑顔で藤吉郎が出迎えますが、小一郎には笑顔はありません。怪訝な顔をしています。家康は石川数正たちに合図し、1人で
2023年11月に、小谷城と近江八幡を散策してきたときの記録です。近江八幡の八丁堀付近を散策。川のそばまで下りられます。水郷めぐりの船も留まっていたり特に趣のある風景が残っていて素敵でした。ちょっと街路が入り組んでいてわかりにくかったですが、水郷めぐりらしい風景を楽しめました。近江八幡はヴォーリズ建築が多数存在することでも有名です。今回は時間がないので巡れませんでしたが、1軒だけ写真を撮りました。見つけたマンホール近江八幡の水郷が
近江の国(滋賀県)には戦国時代を中心に1300を超える城郭が築かれていたといい、単位面積あたりの数では日本一とみられているといいます。東国や北陸からの京への入口という立地条件もあって、近江の国は戦国武将たちがしのぎを削った地といえるのではないかと思います。滋賀県内には国宝の彦根城以外にも復元されたお城が幾つかありますが、むしろ山中にある城跡巡りをするとその面白さに憑りつかれてしまいます。小谷城跡には石積みや石垣、曲輪跡や堀切や土塁が残っており、山頂の大嶽(おおづく)まで登るとちょっとした
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第14話再放送「絶体絶命!」浅井長政(中島歩)が朝倉方に寝返ったと知った信長(小栗旬)は激高。しかし藤吉郎(池松壮亮)の機転で冷静さを取り戻し、退却を決意する。藤吉郎はわずかな手勢で、信長が京に戻るまで朝倉軍を食い止める「しんがり」を担うことになり、小一郎(仲野太賀)は、その中でも最も危険な役目を引き受ける。兄弟の命がけの撤退戦が始まる!その頃、京で長政の謀反を知った義昭(尾上右近)は、ある決意を固めていた。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第14回、「絶体絶命」。(13回のラスト。)<小谷城>浅井長政は自分の右腕を見て、「すまぬ。」といい、市のことを思いながらも「出陣じゃ!」と号令した。<越前金ヶ崎城>長政・謀反の知らせを信長は信じることができない。「ありえぬ。」家臣たちは信長に、浅井の謀反を説く。柴田勝家は「お市様がこれを。」と巾着袋を渡す。「陣中見舞いの小豆」とのこと。と言い加
このドラマでは、どう描かれていくか気になる明智光秀登場だけでなくちょっとしたことだけで山梨県民が怒っちゃう、武田信玄など、いろんな初登場があった「豊臣兄弟!」既に数回登場している徳川家康も独特な感覚で描かれているのよねぇ。足利義昭登場も珍しい形で描かれていましたが豊臣兄弟は気付けず、竹中半兵衛が鋭く見ていたというのはもちろん半兵衛を、引き立たせるための脚色だけれど、それだったら、秀吉がちょっと暗愚に見えちゃうんじゃないのかって…思ってまったぼくでした。そんな中でお市の方の婚礼浅井
さてさて…今週末の「豊臣兄弟!」は…いよいよ姉川合戦が描かれることになりそうですね🆕戦国時代における数多くの合戦でも激烈な遭遇戦であったこの合戦は…織田信長・徳川家康VS浅井長政・朝倉義景すなわち連合軍同士の合戦という珍しいケースでした🆕しかしながら、この合戦の主役は…まさかの裏切りを演じた長政❗️その思わね裏切りにより…命からがら京都へ逃げ帰った信長❗️この両者であったことは論を俟たないと言えます🆕長政の裏切りに激怒した信長は…絶対許すまじ‼️😡と凄まじいほどの殺気を
こんばんは。今日は晴れたり曇ったりして、梅雨時特有の蒸し暑い日でした。😱さて、前日の池田温泉から移動して来て車中泊した『道の駅伊吹の里』ここも何度か車中泊で利用しています…静かで伊吹下ろしの風が涼しくて、寝やすいんです。🆗ちなみに、この道の駅伊吹の里は、2017.8.22に記事発信済みです。👍目覚めてから、周辺地図を眺めていると…よ・こ・や・ま城…?えー!こんな近い場所にー!と、言う事でこれまた急遽、登城を思い立ち行く事にしました。💦横山城址へはいくつかの登城コースがありまして、『道の
初っ端、『新旧』秀吉の対面で始まっ…いやいや、豊臣兄弟と松永久秀の初対面で始まった今回。またも、物語はいろいろな『兄弟・兄妹』の姿を映し出しました。まずは足利義昭。あらたに味方に加わった松永久秀は三好三人衆と共に兄・足利義輝を暗殺したということで、足利義昭の臣下達も彼が味方になることは気に食わない様子。しかし、信長の『三好三人衆が流した嘘じゃ。そんなことを信じるようでは、民の心は掴めませぬぞ』の言葉と、秀吉の『屁一発』からの小一郎を巻き込んだコントのような言い訳。そこから義昭は『わしは