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「源氏や平家の子孫は、今もいるのですか」という質問に答えるなら。「源氏」「平家」という用語を、どのように認識されているか、から確認が必要です。「平氏」というのは、桓武天皇の孫の「高望王」が、平の姓を賜って臣籍降下した、その子孫が全国に散らばった、そのすべてが「桓武平氏」の一族です。たとえば北条氏も三浦氏も畠山氏も、すべて「平氏」です。だから、子孫は山のようにいる、といえます。しかし「平家」と言った場合、これは「平清盛の家族」だけを差す用語です。当時(平安末期)の感覚では、「家」というのは
田屋城攻略後の昼餉は越前おろしそばとソースかつ丼を食べに越前国へ乱入。その後に次のとこ攻略しようと企てる駄菓子菓子!?田屋城攻略完了が13時半越前乱入時は15時どんな時間割しとんや!食うてる時間あらへんがなもう飯抜きや~福井県越前市国兼町大塩八幡宮大塩八幡宮二の鳥居天文21年(1552)に越前朝倉氏代11代当主朝倉義景が寄進したと伝わる。一の鳥居はこの手前100mくらいの場所にあり、この右横に駐車場があるので一気にここまで来て本陣を敷きました
上洛を目指して西へ進んでいますが、なかなか簡単にはいきません。取っては取り返しを繰り返し、心まで疲れてきます。若いうちならなんとも思わなかったかもしれないけど。木曽を取ってからが本番に入ったように思います。(画面は、シナリオ0のもの。木曽福島城は独立勢力です)源義仲が隠れてた木曽から進出し、見事な戦術を駆使して、上洛。都で好き放題して苦い顔され、西へ進んで平家に反撃される。挙げ句の果てには、同じ源氏の義経に攻撃される。現在の政党で言うなら、与党から政権奪取したものの、要領もわか