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おはようございますcarenavi_gate訪問看護師米中京子です。自己紹介です『【ご挨拶】はじめまして―』はじめまして。看護師の米中京子と申します。看護師として、そして一人の人間として、人生に関わる看護を重ねてきました。1990年に看護師資格を取得し…ameblo.jp「父は、本当にこれを望んでいたのでしょうか。」深夜2時、ICUの廊下で泣き崩れる50代の女性がいました。心肺停止で救急搬送されたお父様。蘇生には成功したものの、人工呼吸器に
14才の誕生日を迎えました。4才でパパから造血幹細胞移植を受けて10年元気に成長中学2年生ここ数年で急激に背が伸びて私の身長を追い越してしまいました。165cmくらいになったのかなケーキは変わらずイチゴの生クリームが良いとのこと平日続きのため、早起きして早朝に仕込み3日かけてお誕生日ケーキを作りました。兄達はバイトや予定で忙しく、3人と一匹でお祝い冷蔵庫のケーキを眺めて楽しみにしてる様子は三兄弟全員同じさぁロウソクを消してーと言う時にリタ(愛犬)も一緒にお祝いを!
骨髄移植を受けた日から9年が経ちました。元気に過ごしています。中学2年生となり、心も身体も成長期日々の沢山の出来事のなかで考え感じることから、コウタ自身が自分なりの見解を積み重ねているように思います。犬を飼いはじめて半年家族も犬も新しい生活に慣れました。家族のなかで一番しっかりと犬の生態を勉強して一番世話をしているのはコウタです。朝夕の散歩や、飲み水の管理夏の暑さ対策のグッズなんかも常に快適で安全なものをと動いています。学ぶ知ろうとするこの意欲と言うか、求めるから
こんばんは。日に日に、痛みが強くなり体力も落ち「もう永くないと思う」と口にすることが増えました。じっとしているだけでもしんどくなってきてるみたい。ただただ静かに聞いて、「そっか」と言うことしかできない。前の病院に話を聞きに24日に行く予定なのですが、その体力を使うくらいなら家でゆっくりと一緒に過ごす方が良いのかなと話していました。1日1日を大切に過ごします。少しでも穏やかに。
連日の投稿です・・・たぶん今の状況を一人で抱えきれなくなってきて、色々ブログに吐き出したいのだと思います。不安定な気持ちの中で書いているので、稚拙な部分もあるかと思いますが、どうかご容赦ください。今日は、同じ状況の方に役に立てばと思い、『特別児童扶養手当』の話しをしたいと思います。『日々の事:お役所仕事・・・特別児童手当資格喪失しました』AFPが上昇し続けていて不安な日が続く中、本日市役所から「特別児童手当資格喪失」通知が届きました。特別児童扶養手当とは、一定の障害のある
もう3年前になるんですね。ALS診断の翌日に乳歯歯髄幹細胞の培養上清の点滴に希望を託して、某クリニックに予約をいれて、初診まで2ヶ月以上待って、3年前の先月姉が初診を受けるため、私も東京に帰省してクリニックに付き添いました。そのとき点滴を受けて進行が止まるどころか、回復している人達の動画を見せていただきました。ただ、年内は点滴を受けるのは難しいと言われました。いろいろな事情から培養液が入手困難になっているとのことで。初診までの2ヶ月もとても長かったのに、治療開始までさら
久しぶりのブログ更新です。3月中旬に公開したブログ以降、更新が滞っておりましたその間、色々あり過ぎて・・・気持ちが落ち着かずブログを書く余裕がありませんでした。ちょっと最近の大変だった出来事を振り返ってみると・・・3月11日:腫瘍マーカー(AFP再上昇)3月19日:公立高校受験結果3月21日:通信高校入学手続き3月27日:購入住宅の契約手続き3月29日:100名規模のイベント(仕事)3月30日:購入住宅の設備修繕3月中旬から怒涛のような状況が続いていました。
早いモノで、2024年10月末に退院して3ヶ月が過ぎましたが、お陰様で腫瘍マーカー(AFP)も落ち着いており経過は良好です。もちろん治癒(残存腫瘍があるため根治は無いらしい)には、3~5年の無症状での経過が必要なので安心は出来ません。でも今日は一つ嬉しいことがありました。それが”通信高校の合格通知”です!病気が見つかった時は、高校を諦めましたが、小児科の先生や看護師さんのお陰で、ケー君の止まった歩みを一歩進めることが出来ました。助けて頂いた皆様には、本当に感謝しても
ずっと読んでくださってるかたはおわかりいただいていますが、私は兄をALSで亡くし、今月姉もALSで亡くしました。兄が16年前でしょうか、ALSと診断されるまで、筋萎縮性側索硬化症なんて大袈裟な名前の病気を親族誰一人として知りませんでした。兄はよく物を落とすようになったということから始まったようで、でも、そのときはそんなに重い病気とは本人もお嫁さんも思わなかったそうです。まあ、そうですよね。そのうち歩行困難になり、私のブログに登場してい
今年初めての投薬です。投薬前に必ず採血を行います。免疫などの血球は、抗がん剤に耐えうる数値でした。でも腫瘍マーカは上がり続けていて、2024年に「小児がん」と判って緊急入院した数値にまで戻っていました。2年前と違って、効果が期待できる薬も放射線もありません。1年半前、手術の後に脳外科の先生に・・・脳外科執刀医頭のどこかでは覚悟しておいてください。と言われたけど、子供がいなくなる覚悟が出来る親がいるんだろうか?『闘病日記-15-:脳腫瘍摘出手術当日
こんにちは。いつもありがとうございます。そして、今年一年大変お世話になりました。今年は怒涛の一年でした。1月末に緩和ケアに移行し、日に日に体調が悪くなっていくのをそばで見守りながら、歯痒い日々を過ごし、4月12日に夫を天国へと見送りました。葬儀やいろいろな手続き、相続、本当にいろんなことがありました。たくさんの学びを得る一年となりました。夫が繋いでくれた素敵なご縁があること、こんなにもたくさんの方々に支えてもらっていること、たくさんのことを教えてくれた夫が隣で見守