ブログ記事3,169件
先週末は仕事で徳島県三好市へ。車を走らせる途中、賢見神社さまの大きな案内看板を見かけました。普段は自分から「○○に行きたい、行ってみたい。」等、言わない相方。「約束の時間は夕方やけん、参拝に行ってみる?」と…珍しく提案。行き先を賢見神社さまに変更し参拝に向かいました。山道をくねくねと進み、愛媛県との境に近い場所まで車を走らせます。この日はお天気がよく、真っ青に広がる空と遠くまで連なる山の景色がめちゃくちゃ綺麗でした。すれ違う車や私の前を行く車、たくさんの方が参拝に来られていたのですが
昨日は地元池田市の呉服神社へえびすまつりの残り福をいただきに行ってきました。呉服神社-KurehaJinja-応神天皇の時代、機織・縫製技術を得るために呉の国に派遣された猪名津彦命が、池田の地に呉服・穴織姉妹の姉、呉服媛を祀る。kureha-shrine.com数年前までは職場が大阪市北区だったので毎年堀川えびすへ、豊中に住んでいた時は阪急宝塚線服部天神駅の服部えびすへ、そして昨年からは家田市在住なので池田駅すぐ近くの呉服神社へ。露店がいっぱい出
ここ数年、近所の神社以外に、行ったことのないところへ初詣することになんとなくしている。今年は、名前だけは知っていて、行ったことのなかった代々木にある代々木八幡宮へ。小田急線で新宿から各停で3駅。その名もずばり「代々木八幡」駅で下車。改札を出ると目の前が、山手通り。そこを右へ、5分ほど。山手通りに面した、小高い丘の上にあるようだ。階段を上っていくと一の鳥居。一の鳥居を反対側から一の鳥居を抜けると参道が直角に折れて、二の鳥居が。二の鳥居の向こうに拝殿が見え
2026年の恵方は南南東やや南我が家の恵方には以前恵方参りした「武田八幡宮」がおわしますご祭神:武田武大神(=ヤマトタケルの倅、応神の叔父)誉田別命(応神天皇)足仲津彦命(仲哀天皇(=応神の父、武田武大神の弟)八ヶ岳南麓の地に別荘を建てて11年目、初めて年末年始を彼の地で過ごすことにした。そうなると一番心配なのがおせちである。正月には長男夫婦と孫も来るので質量ともに充実させねばならない。いつだったか知人が八ヶ岳南麓美食シーンをリードする「岳」のおせち(
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)は、日本の第14代天皇とされる人物です。『日本書紀』や『古事記』などに登場します。↑作:弟【基本情報】・名前足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『日本書紀』、和風諡号足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)-『日本書紀』帯中日子天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)-『古事記』・在位:記紀によれば西暦192年頃~200年。(※年代には諸説あり)・父日本武尊(やまとたけるのみこと)-『日本書紀』倭建命(やまとたけ
両児神社岡山県倉敷市松島943御祭神伊邪那岐大神伊邪那美大神天照大神月夜見大神品陀和気尊(第十五代応神天皇)由緒当社の創建は遥か第十四代(約千八百年前)仲哀天皇の皇后神功皇后は、三韓征伐の戦に多勢の水軍を引いて出兵し新羅を討伐、百済高句麗を降服させ凱旋の船路を当宮に寄せ、神に戦勝の奉賽と皇子の安泰を祈念され御太刀朕懐石鏑矢を奉納になられた時に皇后には筑前国譽田の宮にて皇子を誕生に相成り(後の第十五代応神天皇)当宮へお泊りの時、年の暮にて此の地で新年を迎へ御歳二歳になり御社号を
先日瑞穂舞の先生が筥崎宮の宮司様との会食会をセッティングしてくださいました前回は香椎宮の木下権禰宜様の回で今回は第二弾です『初稽古と木下権禰宜のお話会』瑞穂さんからいただいた今年の年賀状。香椎宮奉納時の様子。昨日は瑞穂舞の2024年初稽古でした。今年から新しいメンバーが2名加わりまして新鮮な空気感でのスタ…ameblo.jpところが会食会の日程も出席の連絡も完全に忘れており前日になって舞仲間から「行かないんですか?」と訊かれ慌てて瑞穂さんに申し出ました💦自分でお
八幡の神さまにお会いしたくて、井草八幡宮に行きました。御祭神は、応神天皇さまです。桜井識子『井草八幡宮~東京都杉並区~』「井草八幡宮」です。お天気がよくなかったので、全部の写真が若干、暗めです。大鳥居をくぐって、東参道を進みます。直角に右に曲がると、…ameblo.jp車を青梅街道沿いの駐車場に停め、敷地内のこちらへ。浅間神社富士塚近いうちに山梨に伺いたいな。この巨大な灯篭、すごいですよね青梅街道の往来を照らす道標。交通安全を守っているかのよ
武内宿禰(たけうちのすくね)は、古代日本の伝説的な人物であり、日本書紀や古事記などに登場する非常に重要な政治家・忠臣です。彼は神功皇后や応神天皇をはじめ、複数の天皇に仕えた長寿の臣下として知られています。構成:筑前由紀イラスト:YUTARO目次基本情報特徴と伝説実在性子供と子孫LINEスタンプ目次を開く基本情報・時代:古墳時代(3世紀末〜5世紀頃とされる)・仕えた天皇:景行天皇、成務天皇、仲哀天皇、神功皇后(摂政)、応神天皇、仁徳天皇・出身氏族:蘇
伊勢街道は押切川を遡り、近鉄線、国道を渡り進みます。「磯山八幡神社」があります。磯山地区の総鎮守です。八幡社ですから、誉田別尊(応神天皇)を主祭神とします。創祀は不詳ですが、正安元年(1299)と伝えます。なぜかここには獅子がいません。それには諸説あるようです。伊勢街道は国道、近鉄線を渡ります。すぐに道が左右に分かれる「追分」です。右が伊勢街道、左が巡礼街道です。この巡礼街道というのは、伊勢街道より古い参宮道で、
こんばんは🌃今日は歩いて東林間へ行ってきました🚶というのも、東林間に✨️新しいカフェ✨️が出来たからです🩷と、その前に...昨日、正月飾りをしまいました。ガラスのと100均のは仕舞い、梅と松の入った瓢箪花瓶は季節柄まだいいかと思い、残しました。これをね、神社に置きに行くんだけど、その新しいカフェが東林間神社の隣なので、近所の神社ではなく、東林間神社へ行くことにしたんです本当は昨日、行くはずだったけど、カフェが定休日だったので、今日にしました東林間神社東林間神社に
『歌野の合戦(神功皇后伝説⑤)』敗走の仲哀天皇の一行は貴飯まで来てようやく食にありつき、ほっとひといき生気をとり戻したものの、もうそこにまで熊襲の追撃は迫っていた。『貴飯の里(神功皇后伝…ameblo.jp神功皇后は、のちの応神天皇を御懐胎の御身でありながら、仲哀天皇亡きあとも神のお告げにしたがい、熊襲を牽制するため三韓征伐を決意され、そのためにはまず軍船の建造が急務とされた。そうした折、皇后は行宮――豊浦の宮の東方に楠の巨木があることを聞かれて大変に喜ばれ、これを用材として
三連休始まりました今年は月曜日が仕事始めで一週間フルに出社後の休日ほっとされているでしょう寒波到来の予測ですがこちらの日中は13度くらいまで上がりそうですただ朝晩は寒い・・二葉山の麓鶴羽根神社へ初詣へ元旦に一度来ましたが長い列だったので改めてのお参りです後背の山が鶴が羽を広げたように見えるのが社名の由来だそうです神社の創建は(HPによると)源頼政の室の菖蒲の前が、芸州知行せられる折の御遺言によって、元久年間(1204~1206年)に社殿を建立し