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阿蘇の「乙姫」という地名は、熊本県民であれば絶対誰でも知っています。ここで「絶対」と言ったのは、熊本県内の各テレビ局の天気予報で必ず「阿蘇乙姫」という呼称が地点名として用いられているからです。乙姫地区には気象台の観測所が設置されています。阿蘇は広範囲なので、気温などの気象データは阿蘇地域のどこで計測したかで違ってはくるでしょう。しかしながら、そんな事を言えば、熊本市だろうが天草だろうが、その他の地域でも同じ事は言えると思います。なぜ、阿蘇だけ「阿蘇」ではなく「阿蘇乙姫」
八事山興正寺から次は伊勝八幡宮へ向かいます伊勝八幡宮[いかつはちまんぐう]『尾張志』に応神天皇を祭神とするとあり拝殿の東西に摂社である白山及び熊野大権現が合祀されています。当社には陶製の狛犬一対と一体を蔵しているその一対の台座裏に「応永廿五戊戌歳十二月朔日熊野願主浄通」(一四一八)と墨書の寄進銘文があることから狛犬の制作年もその頃のことと推察できます。銘文のある狛犬一対は愛知県有形文化財もう一体の狛犬は名古屋市有形文化財に指定されています。鳥居拝殿までまっすぐ伸びた参道
妊娠・出産・子育ての時期は、嬉しさと不安が行き来する特別な時間。そんな日々に寄り添ってくれるのが、心を整えてくれる神社です。今回は世田谷区で「安産・子育て」にご利益があるとされる神社を3つご紹介します。太子堂八幡神社八幡さまは古くから育児の守護神として親しまれ、安産・子育てのご利益を願う家族が多く訪れる神社です。境内は明るく、三軒茶屋近くとは思えない穏やかさ。初宮詣や七五三でも人気です。住所:東京都世田谷区太子堂5-23-5最寄り駅:三軒茶屋駅駐車場:なし御朱印:書置きあり花手
東京・渋谷区の閑静な住宅街にひっそりと佇む「代々木八幡宮(よよぎはちまんぐう)」をご存じでしょうか。代々木公園のすぐそばに位置するこの神社は、鎌倉時代から800年以上の歴史を誇る由緒ある八幡さまです。都会の喧騒が嘘のように感じられる緑豊かな境内には、縄文時代の遺跡が眠り、江戸時代に造られた富士塚がそびえ立ち、スピリチュアルな力に満ちた空間が広がっています。出世運・仕事運のパワースポットとして芸能界でも密かに人気が高く、芸能人がお忍びで参拝することでも知られる代々木八幡宮。その見どころから
上沼八幡神社(宮城県登米市)『うわぬまはちまんじんじゃ』と読む上沼八幡神社は、1057年に創建され、いにしえは弓矢八幡、現代では厄除け八幡として信仰されている神社であり、御祭神は『応神天皇』のようです▼大鳥居(神社入口)▼▲扁額▲▼参道入口▼▲御神坂▲▲御神燈/社号標/板碑▲▼湯殿山碑/庚申塔▼▼石段▼▲二之鳥居▲▲社号標▲▼御神燈/扁額▼▲参道▲▼東参道入口▼▲東参道▲▼陰陽石▼▼参道▼▲社務所▲▼御神燈
こんばんは🤗先週書いて以来書けていなかった八田八幡宮の続きを書いていきますねヽ(=´▽`=)ノhttps://ameblo.jp/it1035656/entry-12976168540.html『周防大島町久賀八田八幡宮(注連柱・参拝編)』こんにちは🤗周防大島町久賀に鎮座する八田八幡宮を参拝した時の続き書いていきますねヽ(=´▽`=)ノhttps://ameblo.jp/it1035656/en…ameblo.jpこちらが八田八幡宮の拝殿ですヽ(=´▽`=)ノ✨️八田八幡宮(やあ
鞆淵八幡神社(ともぶちはちまんじんじゃ)紀伊国那賀郡和歌山県紀の川市中鞆渕58(P有、但し狭小箇所があり運転に自信の無い方は困難、周辺に他に停め置きできそうな所は無し)■旧社格県社■祭神応神天皇仲哀天皇姫大神「紀ノ川」の支流、「貴志川」のそのまた支流である「真国川」の上流沿いに鎮座する社。◎深い山中の「中鞆渕(なかともぶち)」集落内。「鞆渕応神山」の南麓、標高は300m余り。その北側には標高746mの「飯盛山」が聳えます。明治期に和歌山県内計11社の県社に列格し、相応の
現在、皇位継承の問題や、皇室の人数の減少が、大きな問題で、それに関して、国会で議論がされているようですが、この議論は、「天皇は、初代から、現在まで、男系男子によって、切れ目なく、続いてきた」と、言う前提に、立っている。しかし、歴史に関心がある人ならば、この話には、疑問があるということは、知っているはず。つまり、「天皇」という存在は、初代から、現在まで、男系男子によって、途切れることなく、延々と、続いて来た訳ではない。と言う、話もある。その中の一つが、「三王朝交代説」と呼ば
國府神社(高取町下土佐)大和国高市郡奈良県高市郡高取町下土佐ナマコ山402(一の鳥居横にP有り、ただし近隣住民が停めるため事実上使用不可)(「土佐街道」沿い観光Pより徒歩15分ほど)■旧社格村社■祭神応神天皇[配祀]天児屋根命事代主命「高取城」の城下町として、または「薬の町」として興隆した高取町「下土佐」集落の南西に鎮座する社。広く優雅に横たわる「ナマコ山」を神域として頂に社殿が建ちます。◎創建年代、由緒等は資料が残存せず不詳。伝承では白鳳時代(645年~平城京遷都まで