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前回は、寄り道として、塚本邦雄氏が絶賛していたことをとりあげましたが、今回は本来本来ーマに戻りましょう。まずは、晩年の「正治百首」中にある歌我妹子(わぎもこ)が玉裳のすそによる波のよるとはなしにほさぬ袖かな(277)〈歌意〉愛しいあの娘の美しい裳の裾に寄る波のように、私は娘に近寄るわけではないのに、(涙で)乾くこともない我が袖であることよ「吾妹子」「玉裳」といった詞からも、万葉集からの摂取であることが分かりますね。その元の歌は、万葉集巻一、四十にある柿本人麻呂の歌
《新古今和歌集・巻第十六・雑歌上》1488返し左衛門督家通(さゑもんのかみいへみち)幾千代(いくちよ)と限らぬ君が御代(みよ)なれどなほ惜しまるる今朝(けさ)のあけぼの☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆返し左衛門督家通幾千年と限らず続く斎院の君のお年であるけれど、やはり、名残の惜しまれる今朝の曙よ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴
【能定家を想うその三】能「定家」は、世阿弥の娘婿だった、我が流派中興の祖・57世宗家金春禅竹の作品です。とてもストレートな世阿弥作品と違い、感情が、世界が、空間が、景色がウネリます!作品がグルーヴし、一筋縄ではないのが禅竹作品の特徴です!能「野宮」、そしてこの能「定家」はその典型かと思います。能「定家」の主人公式子内親王は、若くして賀茂神社に仕える斎院となり、清浄を保つため恋愛や結婚が禁じられ世俗から切り離され、孤独・祈りの中で生きる運命を背負います。また、式子内親王は、長く病に苦