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明けましておめでとうございます。2026年になりました。年月が過ぎるのは早いー!手術を受けて、もう半年が経とうとしています。2025年前半は、健康について本当に考え、悩んだと思います。すごく昔のことみたいw少し、ブログをアップする期間があきました。年末年始の忙しさでバタバタしていたというのもあったのですが、更年期の症状が出始めてきて、結構つらい年末年始でした。子宮と卵管は摘出しましたが、卵巣は残っているので、徐々にその症状があらわれはじめたようです。主治医の先生からも
気付けば年末になっていました12月はあっという間に過ぎてしまいますね💦先日、検査結果を聞いてきましたので、ご報告しておこうと思います。まずコルポ検査は異常なし。子宮頸管内掻爬は高度異形成。MRI検査は今のところ悪性所見なしということでした。以上を踏まえると…まぁやっぱり子宮頸部の中の方に前がん病変があります。先生に言われたんですが、電気メスを使用した円錐切除を何度かすると、悪い所が中の方に入り込んでしまうことが割とあるようです。…そんなこと知らなかったし、知らされてもいなかった
私の”こと”の始まりは、コロナ感染でした。コロナ…COVID-19が流行し始めて、5年は過ぎましたが、幸いにもこれまで感染することもなく、なんとか凌いできていました。しっかりと調べたわけではないのですが、たぶん、私はウイルスに強いんじゃないかと思っていて、インフルエンザの罹患履歴はなく、一応、コロナワクチンも打ったのですが、皆さんが言うような、ワクチンの副反応のようなもの(熱や頭痛など)は一切出てこなかったんです。なので、「私はコロナに罹っても、大したことないと思う」なん
今日も今日とていま渋谷~やりましたついにやりきりました。・゜゜(ノД`)ワーン自分で自分を褒めてあげたいヨッ日本一となんのこっちゃですが詳しくはこのあと子宮摘出まで先日残り31日と投稿しましたが残り38日でした(今日時点)足し算できてない社畜アラフィフですホホ2024.12、乳がんの浸潤性小葉がん、ルミナルA、ステージ1と診断後、2Bを経て最終的にステージ2Aに全摘手術から4ヶ月弱、タモキシフェンを服薬しながら職場復帰。術後、抗がん剤と放射線な
随分と予定より遅れて手術が始まりましたが、その手術は、体感5分で終了しましたww実際は、4時間くらいかかっていたみたいですが。麻酔が切れ、喉に直接入っていた管にえずいて目が覚め、すぐに、病室に移動しますねーと声がけありましたが、まだ意識は朦朧としていて、目はしっかり開かない状態です。手術台からベッドに移されて、病室へ。手術室を出たところで、主人と会いましたが、目がしっかり開かないので、主人の声だけが聞こえます。結構、時間かかったわー、4時間くらい。子宮、大きかったみたい。
今日も今日とて手術翌日~子宮と卵巣摘出から1日後めっちゃ元気いっぱいですヒャフー!2024.12、乳がんの浸潤性小葉がん、ルミナルA、ステージ1と診断後、2Bを経て最終的にステージ2Aに全摘手術から5ヶ月、タモキシフェンを服薬しながら職場復帰。術後、抗がん剤と放射線なしに。昨日子宮と卵巣を摘出しましたアラフィフ事務職、夫氏、子どもたち(中学生と小学生)の4人家族です。さて乳がんのホルモン療法剤タモキシフェンにより持病の子宮腺筋症の症状が大増悪タモキシフ
本日は子宮温存のLSC(LaparoscopicSacrocolpopexy:腹腔鏡下仙骨腟固定術)を行いました。琉球大学の先生や婦人科の先生も見学にいらしてくださり、関心の高さを感じました。子宮温存のLSCが日本で珍しい理由日本では、子宮体部を切除する術式が依然として主流です。しかし、私は手術侵襲度や術後感染リスクの観点から、子宮を温存する術式の方が好きです。子宮に異常がある場合には切除を検討すればよいのであり、すべての患者さんに子宮摘出が必要とは考えていません。今回の手術の
私は、婦人科で内診をしてもらうときに男性医師にしてもらうのは絶対に嫌です。だからずっと婦人科の検診などは女医さんのいるところでやってきましたし、最初に行く前に必ず電話で確認していました。新百合ヶ丘総合病院を紹介されて病院のホームページで調べて、女性の医師がいることを確認しました。その上で予約を最初に取るときに女性の医師が希望ですとはっきりと伝えました。そのおかげで女性の医師に診察をしてもらえましたし、その先生が執刀してくれました。しかし問題は手術の時です。先生の話によると、手術のときには内診
30代はなんて漫然と生きていたのだろう。20代後半があまりにも窮屈だったからかもしれない。山奥での一人スノボ(めきめき上達)や苔だか虫だか分からない餌をつけての鮎釣り。祖母や親の葬儀。慌ただしかった。だから30代は弾けてしまったのだ。仕事して旅行して食べて寝て…待つことなく仕事して旅行して食べて寝て…待つことなくを繰り返して生きた。急がずに、ゆったりとシアワセについて考えシアワセを探求すべきだった。子供がいること=幸せと、単純なことではない。親を見ても、姉を見ても、友達を見
20日の日曜日午後2時からスタートした入院生活。病室入ってすぐあまじょっぱい下剤(濃いめに作ったスポドリみたいな味)飲んで夕飯まで暇してた。シャワー浴びて、お腹スッキリさせて消灯。後は寝るだけ~だったのに暗くなった瞬間電話しはじめる同部屋の外国人にびっくり。うるさっと思いつつイヤホンでYouTube聞きながら寝落ちし初日終了。翌日は朝イチ着替えて歩いて手術室へ。小中学校の友達のオペ看さんにご挨拶されテンション上がったまま意識なくなりその友達の🐻ちゃーんの声で目覚めて知り合い?
今日も今日とてお休みデーむすめの学校がお休みなので有休とってお出かけ予定でしたヤッター!が「でした」と過去形なだけあって実際は子宮と卵巣摘出した虎ノ門病院にいってきました・・・子宮と卵巣摘出から26日後です2024.12、乳がんの浸潤性小葉がん、ルミナルA、ステージ1と診断後、2Bを経て最終的にステージ2Aに全摘手術から6ヶ月弱、タモキシフェンを服薬しながら職場復帰。術後、抗がん剤と放射線なしに。先週子宮と卵巣を摘出アラフィフ事務職、夫氏、子ど