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昨日・一昨日と愛媛県今治市にある妙見山古墳をアップしました。今日はすぐ近くにある妙見山2号墳・妙見山3号墳を取り上げます。↑まずは妙見山2号墳、南側から場所はこちら:34.058981,132.931192↑妙見山2号墳、南西側の様子2号墳の規模などが載っているかと近づいたら、位置図が載ってるだけでした↑墳頂の様子妙見山古墳と同じくらいの築造時期なら、この2号墳も竪穴式の主体部かな?↑妙見山2号墳から見た妙見山古墳↑妙見山
大成古墳群展望台より現在の京都府京丹後市~亀岡市、兵庫県の篠山市辺りは古くは「丹波」「丹後」と呼ばれていました。しかしその呼称は和銅6年(713年)以降のものだそうです。「続日本紀」和銅6年の記述に「丹波国の五郡を割きて、はじめて丹後国を置く」とあるからです。つまり「丹後」という地名は和銅6年以前はなかったということになります。記紀によればこの地域は「旦波」「丹波」と表記されていましたが読みは「タニハ」だったと推定されているようです。
今日・明日とアップするのは奈良市にある秋頭(あきがしら)古墳群。大きな前方後円墳がたくさんある佐紀盾列古墳群に囲まれた丘陵上に秋頭古墳群があります。↑国土地理院の航空写真(赤い文字はふっき~が加筆)地理院地図/GSIMaps|国土地理院十数基からなる秋頭古墳群(現存4基)、築造時期は5世紀後半~6世紀前半とのこと。現存しているはずの秋頭1号墳は見つけられず↑こちらが秋頭2号墳、北側から左側が後円部、右側が前方部の前方後円墳。場所はこちら:34.7051