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昭和34(1959)年7月21日(火曜)。東京・駒沢球場から中継されるナショナル火曜ナイター「東映フライヤーズvs西鉄ライオンズ」(日本教育テレビ=現・テレビ朝日)の番宣広告。今更だけど、すでに球団名が変わってしまったチームが掲載される番宣広告やラテ欄というのは、その時代の空気がクッキリと現われている感があり、より味わい深いものだ。昭和34年7月21日(火曜)のテレビ欄第2案(いわゆる雨傘番組)は関西発の「近鉄バファローvs南海ホークス」、第3案はド
南海ホークスホーム用・ビジター用1959年〜1968年略年表1959年《ホーム・ビジター共通》鶴岡一人監督の提案によりユニフォームを変更。また、帽子のマークも変更。1960年《ホーム・ビジター共通》シーズン後半から腰部全面に番号がつく。また、ポケット部分のラインが廃止される。1968年まで。ホーム用リーグ優勝5回、日本一2回を誇った、後の南海ホークスをイメージしたユニフォームです。最大の特徴が2㎝の太さの肩ラインです。これは鶴岡一人監督の「ひとつ太い線でも入れてたくましく