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半藤さんは、司馬さんに『坂の上の雲』のあとを書いてほしかったんだろうなあと思う。そのあとを書いてほしかった、というよりは、日露戦争勝利で終わっては困るなあ、と半藤さんは思ったのではないか。半藤さんとは、ジャーナリストで歴史作家の半藤一利氏(1930〜2021)であり、司馬さんとは小説『坂の上の雲』を書いた司馬遼太郎氏(1923〜1996)のことである。周知のとおり、日露戦争に大きな犠牲を払って日本はかろうじて勝利した。開国以来、大きな産業もない、40年前までは江戸時代だった小国日本の、
先日、近所の本屋で半藤一利さんの著書に目が入った。彼が亡くなって4年になる。今回は本屋で著書にお会いしたご縁でもあり、彼のことを思い出してエッセイにしてみようと思う。本題に入る前に「サラメシ」で紹介された半藤さんの好んだ「ナポリタン」を出す喫茶店について触れておこう。世田谷区池ノ上のプトーカフェだ。彼は生前、レトロな雰囲気の昔ながらのカフェを好んだのである。(プトーカフェ:食べログから)京王井の頭線で下北沢駅から渋谷に向かって一駅、池ノ上駅で下車する。駅から商店街を5分ほど行くと
いま手元にある司馬さんの未公開公演録の本の中に、元陸軍伍長の方からの手紙の一部が載っている。この方は満州の最前線でソ連軍と戦った経験があり、その手紙文はそのときのことを書いている。おそらく小松原師団長が、日本の兵隊さんは強いから何とかなる、と言っていた兵隊さんの実相の一つがこれであろう。我が分隊十八名の所持する兵器と言えば、役立たずの照空灯・聴音機・発電自動車の外には、明治三八年式の小銃六丁に拳銃一丁、それに各自の銃剣だけ、おまけに小銃弾は一発も有りませんでした。中隊長が言うには、「お前