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半藤さんは、司馬さんに『坂の上の雲』のあとを書いてほしかったんだろうなあと思う。そのあとを書いてほしかった、というよりは、日露戦争勝利で終わっては困るなあ、と半藤さんは思ったのではないか。半藤さんとは、ジャーナリストで歴史作家の半藤一利氏(1930〜2021)であり、司馬さんとは小説『坂の上の雲』を書いた司馬遼太郎氏(1923〜1996)のことである。周知のとおり、日露戦争に大きな犠牲を払って日本はかろうじて勝利した。開国以来、大きな産業もない、40年前までは江戸時代だった小国日本の、
いま手元にある司馬さんの未公開公演録の本の中に、元陸軍伍長の方からの手紙の一部が載っている。この方は満州の最前線でソ連軍と戦った経験があり、その手紙文はそのときのことを書いている。おそらく小松原師団長が、日本の兵隊さんは強いから何とかなる、と言っていた兵隊さんの実相の一つがこれであろう。我が分隊十八名の所持する兵器と言えば、役立たずの照空灯・聴音機・発電自動車の外には、明治三八年式の小銃六丁に拳銃一丁、それに各自の銃剣だけ、おまけに小銃弾は一発も有りませんでした。中隊長が言うには、「お前
磯田道史と日本史を語ろう半藤一利との日本史のリーダーを採点するめっちゃタイムリーでした東日本型リーダーと西日本型リーダーがミックスする時時代は大きく変化する東型は上杉謙信のようなタップダウン型西は薩摩藩の郷中教育のようにグループトークで意思決定するなるほどねー🧐高市さんも奈良の人だけどトップダウン型のような気がする何か決める時は部屋に籠るらしい維新はグループトーク型のような気がするどうなるか一番長かった通話は〇時間?▼本日限定!ブログスタンプ