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中学生むけ歴史参考書「大化の改新」の項に、こうあります。「645年、中大兄皇子(のちの天智天皇)、中臣鎌足らが、蘇我氏をたおし、大化の改新と呼ばれる政治改革を進める」中学生向けの、まとめ要約ですから、ざっくりしすぎてるのは、仕方ないんですけど。蘇我氏をたおし、というけど、蘇我一族が全滅したわけではありませんし、そもそも蘇我氏は氏族として団結して戦ったわけでもありません。このとき権力を握っていたのは、蘇我蝦夷・入鹿の親子です(蘇我本宗家、と呼ばれます)。そこで、この二人を
白村江の戦いは西暦663年親日の百済は新羅に負けたのだが、生き残った百済の人たちに懇願されて倭の国は朝鮮半島に兵を出したでも唐と新羅の連合軍にこっぴどく大敗そこで日本と朝鮮半島は縁が切れた当時、中大兄皇子たちは今の中国と新羅の強さを思い知った大和朝廷は新羅や中国の連合軍が日本に反撃してくるはずだと思い防人を設置でも、新羅は倭の国(日本)を攻めないで高句麗を攻め落とした今の台湾情勢は当時にそっくり歴史が繰り返されそうで怖い
時差投稿🕰️✨年末年始は旅先で過ごしました。こちらは、談山神社⛩️✨飛鳥時代、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討つ(乙巳の変)ために、この地で密かに話し合い…談合をしたと言われています。ものすごく山深いここまで、当時ここまでどうやって入山してきたのか…乙巳の変→大化の改新という、歴史が動いたきっかけがここにあると思うと、談山の地は何とも神秘的でした。