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*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前回「二著物語:下山事件(その9)」では、柴田哲孝『下山事件最後の証言』の内容から、著者(柴田)の祖父と、そのパートナーであった矢板玄の事件への関与を濃厚に示す幾つかのエピソードを紹介した。*自殺説、なお否定できずこの柴田書で他殺説が俄然有利になったことは否めない。だが、決定的になったとも言えないであろう。以下、常識感覚を働かして筆者(山本)なりの若干の疑問を提示する。①長島フクの年賀状―現物が存在せ
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前々回「二著物語:下山事件(その6)」で論じた諸永書と、前回「二著物語:下山事件(その7)」で俎上に載せた森書が共に言及している『彼』は自身物書きではあったが、当初は自分で筆を執って下山事件について書くことを躊躇っていた(森、198頁)。ところが、後に翻意して自らが執筆して世に問うことを欲するようになる(森、308頁)。その結果として出されたのが、柴田哲孝『下山事件最後の証言』、祥伝社文庫、2007年(単行本
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前回「二著物語:下山事件(その3)」では、自殺説の代表例といえる佐藤一『下山事件全研究』を取り上げ、その内容の一部を概説した。今回は、概説を続けると共に、その内容の問題点を若干指摘する。*遺体の列車運搬説への反証:他殺説の中で、①下山総裁を轢断した869貨物列車の田端出発が何等かの工作で遅らされ、②下山総裁の遺体は進駐軍の列車によって現場まで運ばれた、という松本清張らの説に対しては、以下の反論を行なっている:
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前回「二著物語:下山事件(その10)」では、筆者(山本)なりに、事件をめぐってなお残る疑問点について分析してみた。今回は、その続きと総括である。自殺説がなお完全に否定できない根拠を幾つか挙げてきたが、まずはその続き。④“下山油”をめぐる疑念:(1)“下山油”への過剰な拘り:これまでの他殺説論者同様、柴田も下山総裁が植物油がある工場のような場所に監禁された上に殺され、その際に着衣に付着した油が“下山油”と
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。戦後史最大のミステリーと言っても過言ではない事件である。昭和24(1949)年7月5日、当時発足したばかりの日本国有鉄道(国鉄、現JR)初代総裁である下山定則は、公用車で出社途中に運転手に三越に立ち寄るよう命じ、「五分ぐらいで戻る」と言い置いて同デパートに入るが、なかなか戻ってこない。そのようなことが日常茶飯事であったので気に留めなかった運転手は夕方までその場で待ち続けるが、国鉄本社では出社してこない総裁の安否
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前々回「二著物語:下山事件(その1)」前回「二著物語:下山事件(その2)」では、他殺説の草分けとも言うべき矢田喜美雄の書の内容を紹介した。このような他殺説に対する自殺説を唱える中では、佐藤一『下山事件全研究』、時事通信社、1976年が、一番緻密で詳細な検証を行っている。著者は、下山事件と同じ年に起きた松川事件の被告として訴追されるも、最終的に無罪判決を受け、その後下山事件の検証委員会の一員
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前々回「二著物語:下山事件(その3)」前回「二著物語:下山事件(その4)」では、自殺説を代表する佐藤一『下山事件全研究』を俎上に載せた。今回取り上げるのは、自殺説を明確に唱えてはいないものの、事実上自殺説を打ち出している書である。錫谷(すずたに)徹『死の法医学・下山事件再考』、北海道大学図書刊行会、1983年の始めから三分の二ぐらいは、法医学上の死の定義や、事故・自殺・事件に見られる様々な死の形態・
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前回「二著物語:下山事件(その1)」では、事件の概要を説明すると共に、事件直後から「他殺説」の急先鋒であった矢田喜美雄の書を紹介した。以下、前回に引き続き、矢田書の概説をする。<3>五反野での目撃証言の不確かさ警視庁捜査一課が自殺説に傾く端緒となったのは、現場となった五反野の末広旅館に下山総裁らしき人物が休憩したとの証言である。その後、その周辺でも似たような人物の目撃情報が多数寄せられた。だが、当初から、これ
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。「二著物語:下山事件(その1)」~「二著物語:下山事件(その5)」では、下山事件を扱った1970~80年代の著書の内容を分析してきた。90年代の終りから今世紀にかけて、新証言を基に同事件を新たに洗い直す動きが出て来た。諸永裕司『葬られた夏・追跡下山事件』、朝日新聞社、2002年は、事件の鍵を握ると思われる人物へのインタビューに至るまでの渡米時の模様を綴ると同時に、当時存命であった事件関係者や周辺人物へ