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*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前回「二著物語:下山事件(その1)」では、事件の概要を説明すると共に、事件直後から「他殺説」の急先鋒であった矢田喜美雄の書を紹介した。以下、前回に引き続き、矢田書の概説をする。<3>五反野での目撃証言の不確かさ警視庁捜査一課が自殺説に傾く端緒となったのは、現場となった五反野の末広旅館に下山総裁らしき人物が休憩したとの証言である。その後、その周辺でも似たような人物の目撃情報が多数寄せられた。だが、当初から、これ
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前々回「二著物語:下山事件(その6)」で論じた諸永書と、前回「二著物語:下山事件(その7)」で俎上に載せた森書が共に言及している『彼』は自身物書きではあったが、当初は自分で筆を執って下山事件について書くことを躊躇っていた(森、198頁)。ところが、後に翻意して自らが執筆して世に問うことを欲するようになる(森、308頁)。その結果として出されたのが、柴田哲孝『下山事件最後の証言』、祥伝社文庫、2007年(単行本
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前回「二著物語:下山事件(その3)」では、自殺説の代表例といえる佐藤一『下山事件全研究』を取り上げ、その内容の一部を概説した。今回は、概説を続けると共に、その内容の問題点を若干指摘する。*遺体の列車運搬説への反証:他殺説の中で、①下山総裁を轢断した869貨物列車の田端出発が何等かの工作で遅らされ、②下山総裁の遺体は進駐軍の列車によって現場まで運ばれた、という松本清張らの説に対しては、以下の反論を行なっている:
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前々回「二著物語:下山事件(その3)」前回「二著物語:下山事件(その4)」では、自殺説を代表する佐藤一『下山事件全研究』を俎上に載せた。今回取り上げるのは、自殺説を明確に唱えてはいないものの、事実上自殺説を打ち出している書である。錫谷(すずたに)徹『死の法医学・下山事件再考』、北海道大学図書刊行会、1983年の始めから三分の二ぐらいは、法医学上の死の定義や、事故・自殺・事件に見られる様々な死の形態・
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。「二著物語:下山事件(その1)」~「二著物語:下山事件(その11)」では、戦後若しくは昭和史最大のミステリーとも言うべき下山事件を扱った書を論じた。謎が多い事件であるがために、これを題材にした小説も数多く上梓されており、その内容も事件をめぐる論争を反映したものとなっている。まず、最近のものでは、「二著物語:下山事件(その8)」~「二著物語:下山事件(その11)」で俎上に乗せた『下山事件・最後の証言』を書い
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。前回「二著物語(その6)」で触れた諸永書には、一緒に取材・調査を進めていた人物として、映画監督・作家である森達也が所々に登場する。その森も、森達也『下山事件(シモヤマ・ケース)』、新潮文庫、2006年という書を世に出している。何故一緒に取材・調査していた諸永との共著とならなかったのかと訝る向きもあろうが、当書には、そうなった経緯が詳述されており、むしろ、そちらの方が主題なのではないかとも思えてしまう内容
*この「二著物語」シリーズの趣旨については、プロフィールを参照して下さい。「二著物語:下山事件(その1)」~「二著物語:下山事件(その5)」では、下山事件を扱った1970~80年代の著書の内容を分析してきた。90年代の終りから今世紀にかけて、新証言を基に同事件を新たに洗い直す動きが出て来た。諸永裕司『葬られた夏・追跡下山事件』、朝日新聞社、2002年は、事件の鍵を握ると思われる人物へのインタビューに至るまでの渡米時の模様を綴ると同時に、当時存命であった事件関係者や周辺人物へ