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フランスの詩人「アルチュール・ランボー」とその愛人であった同じく詩人の「ポール・ヴェルレーヌ」との、数年間の愛憎を描いた作品。ランボーを演じる、レオナルド・デカプリオの神々しい美しさが際立ってます✨ランボー(左)とヴェルレーヌ。ある日、年老いたヴェルレーヌ(デヴィッド・シューリス)の元に見知らぬ女性が訪ねてきます。名刺の名前は「イザベル・ランボー(ドミニク・ブラン)」昔、愛し合い憎み合い、同じ時を過ごした忘れられない愛しい男「アルチュール・ランボー(レオナルド・デカプリオ)」の妹。
何故かあまり語られないディカプリオの衝撃作本当はこの映画が撮影された時ディカプリオはもう20歳すぎていて、厳密には少年ではないんですが・・・そこは彼が演じているアルチュール・ランボーが10代(終盤まで)ということで、ひとつ大目に見てやってください(笑)19世紀のフランス象徴主義の代表的詩人、アルチュール・ランボーとポール・ヴェルレーヌの軌跡を描いた人間ドラマ。物語は、若く美しく才気溢れるランボーと、酒に溺れ狂暴な感情の爆発と内気な優しさという矛盾を孕むヴェルレーヌの奇跡的な出会いから、
お昼にYouTubeを更新しました。先週の皆既月食を観ていたらフォーレの歌曲が頭をよぎって。エレピで軽く弾いただけなので合わせたらとても現代的な感じになりました。原曲はピアノと歌だし、2分くらいある作品中展開する部分がごっそり抜けてるBGMだけど艶やかな宴が思い浮かびます。フランス歌曲の歌手といえばスゼー。私がYouTubeで弾いたソプラノ版のCmollよりキーが低いBmollですが、この雰囲気も怪しげで好きです。歌が入ると軽やかに演奏するのが詩の雰囲気が
[Amebaグルっぽ]昨日のブログで、津軽と言えば文豪太宰治の生地、いたるところに太宰の痕跡がある、と書きました。そして、私はあまり太宰治が好きでないとも。今日は、太宰治を象徴するようなこの言葉をもとに私なりの太宰論を語ってみようと思います。選ばれてあることの恍惚と不安二つ我にありこれはもともとフランスの詩人ヴェルレーヌの言葉です。太宰は、「葉」という作品の中でこの言葉を引用しています。太宰治葉www.aozora.gr.jp原詩では信仰者としての立場
撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにありヴェルレエヌ太宰治(1909~1948)は、初期の作品『葉』の中でフランスの詩人ヴェルレーヌのこの言葉を引用し、作家としての才能に対する自負とそれ故の不安を吐露した。前田日明(1959~)は、第二次UWF旗揚げ時、この言葉を引用し、格闘技プロレスの開拓者としての自負とその実現への不安を口にした。松永里愛(2005~)は、Juice=Juiceを背負っていく自負とそんな自分にビビりまくる心情を表現す