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シカゴから戻った翌朝、村はいつもと同じ顔をしていた。朝霧が低くたれ込み、牧草地の向こうで鶏が鳴く。ポニーの家の教会の鐘は、変わらず同じ時刻に鳴った。それなのにキャンディだけが、世界とほんの少しずれていた。ハッピー・マーチン診療所。消毒薬の匂い。白衣の擦れる音。患者を呼びこむ声。すべてが慣れ親しんだはずなのに、彼女の意識は、何度も遠のいた。包帯を巻きながら、手元が止まる。薬瓶を戻そうとして、違う棚に置きかける。カルテの文字を、間違える。「……キャンディ?どうかしたの?」同僚の
研修の最終日。朝から診療所は慌ただしく、村人たちが次々とやって来ていた。キャンディはいつものようにカルテを手に診療所内を駆け回る。心のどこかで「ヘイル先生の研修最後の日」と思いながらも、与えられた仕事を全力でこなした。夕方、最後の処置を終えたとき、廊下の窓から差し込む夕陽が彼女を照らした。オレンジ色に包まれた横顔は、疲れているはずなのに清々しく、どこか輝いていた。「キャンディ」声をかけたのはクインだった。白衣の袖をまくり上げ、少し緊張した面持ちで立っていた。「話があるんだ。少し
列車は、低く長い汽笛を残して、シカゴの夜を離れていった。ホームに残る灯りが、ひとつ、またひとつと後方へ流れていく。テリィは寝台車の個室に入り、扉を閉めたまま、しばらく身動きが取れずに立ち尽くしていた。ようやく腰を下ろすと、深く息を吐く。肺の奥に残っていた緊張が、遅れて滲み出すようにほどけていった。――会ってしまった。それだけの事実が、胸の内側で何度も反芻される。忘れようとしていたわけじゃない。忘れられるはずがないことくらい、最初から分かっていた。それでも、会わなければ、触れなけ
会場に足を踏み入れた瞬間、空気が少しだけ重く感じられた。遅れて到着した、からではない。音楽は流れ、グラスの音も、笑い声も、予定通りにそこにある。それなのに、どこか違和感がある。名代として立っているはずの場所に、彼女の姿が見当たらない。(……おかしいな)彼女は、緊張はしても、責任を放り出すことはない。気分が悪いなら、必ず誰かに伝える。「ミス・キャンディスは?」近くのスタッフに声をかけると、少し慌てた表情で答えが返ってきた。「はいっ!少し……気分が優れないとのことでして、席を外され
シカゴの夜は深く、重たかった。摩天楼の隙間を縫う風が、湖からの冷たい匂いを運んでくる。アードレー財団主催の記念パーティー。会場となったホテルの大広間では、シカゴ財界の名士たちが集い、音楽とグラスの音が静かに溶け合っていた。キャンディは、緊張した面持ちで立っていた。アードレー家総長のアルバートの名代として、財界人たちと挨拶を交わすためだ。「アードレー総長は……?」「遅れております。代わりに私が──」明るく答えてはいたが、胸の奥ではこんな場に私が立っていいのだろうかという迷いが渦巻いて
Facebook上の、CandyCandyの公開サイトの一つに、2次小説が載って置いて、その内の一つが良かったので、ウェブ・アドレスだけ載せておきます。FBをしている方で、興味のある方は是非、読んでみて下さい。テリィさん側のお話です。各章、違う作者さん達が書いている共演作で、16章プラスエピローグ。このエピローグのお話が、今まで読んだんのとは解釈が違って意外性があり、「へ~」と思いました。でも各章も良い内容でしたし、イラストも良かったです。テリィ・ファンの方は、気に入るお話だ
それは、『ハムレット』の初日から一週間あとのことだった。楽屋に戻り、化粧を落とし、シャツに着替えると、スタッフが置いていった新聞が、テーブルの上にあるのが見えた。最初は、目を通すつもりはなかった。だが、見出しが勝手に視界に入った。そこには、よく知った名前が並んでいた。自分の名前と、スザナの名前。親しげな言葉。意味深な見出し。“恋人”“支え合う二人”“再生の物語”。読まなくても、内容は想像がつく。これまでと同じだ。事実をなぞり、想像を足し、関係を“物語”にする。——違う。
ポニーの家のキャンディの部屋をイメージSONNETの目次∻☆…∻☆・アナウンス&ひとりごつです絶望の駅『三崎口』とまぐろ切符テレビを見ていたら、↑「絶望の駅」というフレーズを耳にしました。三崎と言えば、マグロ(海鮮丼)のイメージがある夢のような場所なのに「絶望」とはどーいうこと???関東ローカルで申し訳ないですが要するに、新橋で飲んだサラリーマンが、「横浜」方面を寝過ごし気付いたら、終電で終点まで来てしまった。しかし、そこにはホテルが
マーロウ邸の二階、客間の薄暗いランプの下で、テリュースはひとり椅子に座っていた。膝の上には開かれたままのハムレットのクォート1。だが、文字は全く入ってこない。「愛していると言って」と震える声。スザナの泣き顔。君のことを愛している。ずっと側にいる。テリュースは、自分の吐いた言葉の空洞に吐き気をもよおした。それは決して嘘ではない。だが絶対に真実でもなかった。(俺はどこまで卑怯になれる?)テリュースは指を組み、額に当てた。指先に、母を抱えた時のスミレと水仙の匂いがまだ残って
テリィが来客で呼ばれ、部屋を出て階下へ行った。一人になったキャンディは、あらためて宝石箱を机の上に置いた。象嵌細工の蓋を開ける。中は空だ。内側も見事な装飾が施されている。高価な代物であることがよくわかる。指先で内側の複雑に合わされた模様をなぞったとき、底に、ほんのわずかな引っかかりを感じた。「……?」それは爪でつまめ、そして、そっと持ち上げると、音もなく、底板が外れた。なにかが入っている。なんと、そこにあったのは、一枚の写真だった。「テリィ?」幼いテリィと、公爵、そしてエレ
雪は、夕方にはすっかり止んでいた。屋根や街路樹に残った白だけが、昼の名残を静かに語っている。日が落ちると、空は驚くほど澄んだ。雲ひとつない夜空は、冷えた分だけ深く、星の光をくっきりと浮かび上がらせていた。「……ほら」テリィが、庭先で空を指さす。「見えるか?」厚手のコートに身を包んだオリヴァーとオスカーは、小さな手袋のまま、懸命に首を反らした。「どれ?」「いっぱいあるよ……!」テリィは少し屈み、子どもたちと目線を揃える。「まず、あれだ。いちばん明るい星」指の先にあるのは、白
今さら・でも―キャンディキャンディいつもアクセスいただきありがとうございます©水木杏子/いがらしゆみこ画像お借りしますブログを最初から読む二次小説を最初から読む11年目のSONNET目次スピンオフ本編前本編後キャンディ雑談を読むFinalStoryの考察を読む考察①FinalStoryって?考察②新旧手紙の比較考察③あのひとは誰?考察④Finalと漫画の違い考察⑤テリィの手紙考察⑥男アルバートさん考察⑦
テリィと別れていたあの頃、もしキャンディが、どこかテリィに似た人と出会っていたら、という仮定のお話を書いてみました。似ているけれど、決して同じではない。それでも、ふとした仕草や言葉に、重ねて見てしまう瞬間があって。そんな自分に、罪悪感を覚えると同時にその彼が気になってしまうキャンディ。そして、彼との関係が縮まるが、終わっていない想いがあるうちは、次へ進めないのだということにキャンディは気づく。このお話は、あくまでも「もしも」のパラレル。本編とは切り離した、11話構成の物語です。
夜明けは音もなく忍び寄っていた。ランプの炎がほんの少しだけ頼りなく揺れた頃、窓の向こう側の闇がいつも間にか薄い灰色に変わっていることに、キャンディは気づいた。一晩中座り続けていたはずなのに、立ち上がった時、足の感覚は不思議なほど確かだった。その時。廊下の奥から足音が聞こえた。慌てないように自制しているが、だがかなり急いでいる足音。執事のクルーズの声が重なる。「先生、こちらでございます」ノックが聞こえ、扉が開いた。「先生がいらっしゃいました」主治医
ポニーの家のある村は、相変わらず静かだった。静かすぎて、新しい顔など年に一度現れればいい方だ。キャンディはそれを、よく分かっている。分かっているからこそ、アニーの様子に気づいてしまった。「……ねえ、キャンディ」その日は午後の紅茶の時間だった。アニーはやけに背筋を伸ばし、妙に張り切った声を出している。「今度の日曜日、ちょっとした集まりをしようと思うの」「集まり?」「ええ、ほら……村の人たちとか。知り合いとか。ほら、いい人がいるかもしれないでしょう?」キャンディは、カップを
団長ロバートは、早朝の劇場にひとり佇んでいた。舞台上には、まだ昨夜のオーディションの気配が残っている。床に落ちたチョークの粉、動かされなかった椅子、閉じきらない暗幕。それらはすべて、決断が先延ばしにされてきた痕跡のようだった。ロバートは、客席の中央に立ち、舞台を見上げる。(ハムレット)十年ぶりの再演は、それだけでも重い。だが、今回は、それ以上に主演の選択が劇団の行く先を決める。「来ていたのか」背後から足音がした。振り返るとブライアンだっ