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9月になったのだ。もうね。認知症になっている暇がないほどいろいろな事が、次から次へと押しかけて忙しいのだ。試演会のためのレッンが目白押し。そんな中、久しぶりにステージ用のテーブルをリニューアル。いろいろ訳あって、このタイミングになってしまったあ。これで五代目。多分これが人生最後だろうね。必要があって、買い出しに合羽橋へ。平日お昼前なのに、外国人客で混雑していてびっくり。観光地になっているのだねえ。いろいろ買い出しして、合羽橋から浅草橋方面に移動。地元の町中華で、最近チェー
昨日はHANABIくんの公演『SELECTION?』にゲスト出演。出演マジシャン、私、HANABI、しょうへい、Koichi、皆若いのにしっかりとした自分を持っていて、好感が持てるのだ。会場はHANABIくんが自ら主催する劇場『GINZAARTBOX7』。彼はこの劇場を若手のお笑いのライブ会場としてリーズナブルに貸し出すことで、多くの若手芸人の育成に寄与している。いやあ正直エライと思うよ。特に狭いマジックワールドに浸かっていないのが良い。だから昨日のライブも、お笑い若手のに
同世代のお客様に『TALLY-HO』のデック出したら…『ラリホーだ!』という話になり、お客様と一緒に『ラリホー、ラリホー、ラリルレロン』と、大合唱になてしまった!お店の若い子はきょとんとしている。いや、なんのことかと言われると、子供の頃テレビでやっていたアニメ『スーパースリー』の主題歌だったのだ。アメリカのハンナ・バーべラプロ制作のアニメ、子供の頃夕型の放送で見ていて、大好きだった。そのラリホー!の主題歌は日本放送版のオリジナル。これに関しては見事なお仕事と言わざるを得ないね
7年ぶりの再開ということで、信州佐久平へ、コロナ前にゲストで呼んでもらったから再開のお祝い&今回レッスン生のぺるとHitomiがゲストに出るからというわけで、その応援にポールダンサーのKeikoと行ったのだ。久しぶりの信州コンベンションで、たくさんのお客様で、大いに盛り上がった。司会の智子さんも久しぶり。Keikoが臨時ヘアメークしたので、ペルりんもHitomiもいつもより綺麗になった!演技もうまくいってほっと一息。渋谷慶太、ジュニア渚と、ひさしぶりにジュニアのイリュージョンショー
先のブログで文字ばかりの解説で覚えたマジックは忘れない。と書いた。しかしながら、こういうふうに感じるのは私達『本でマジックを覚えた世代』の特有の感覚なのだろう。今の『映像でマジックを覚えた世代』には、またそれなりの苦労というものがあって、同じように考えてしまうことがあるのだろうね。私世代より昔は、マジックは人に教えてもらうのが本道だった。他の芸能と同じように基本は師匠について学ぶのが本道であった。厳しい師匠から叩き込まれた芸は、忘れるどころか、自分のものにして一生のレパートリーとなるのだ。マ
野菜いっぱいのペペチもどきを作る。アスパラが安売りしていたから。パスタだとめんどくさくなくて良いね。作業のBGVでテレビかけていたら、1995年にNHKで放送された『アトムとAKIRA〜大友克洋が語る手塚治虫〜』が再放送されていた。手塚先生が亡くなって5年目の頃。当時映画『AKIRA』の大ヒットで、飛ぶ鳥を落とす勢いであったであろう大友氏が、手塚先生のことを語る番組。と思っていたら、大友氏が藤子・F・不二雄先生、秋本治先生、りんたろう氏、を尋ねて手塚先生について語り合うという、とんで
その昔、ケーブルテレビを繋いでいた頃。頻繁に見ていたのが時代劇専門チャンネル。そして、私が幕末ものを好きになったのは司馬遼太郎さん原作の『新撰組血風録』(1965年〜66年NET/東映京都)を観たからなのだ。そこで、土方歳三を演じていたのが、栗塚旭さん!大きな目に凛とした雰囲気、大袈裟な感情を出さない男臭い演技(普段はお姉言葉をよく使っていたそうだが)。もうぴったりのハマり役であった。(写真はネットからお借りしました)その後、ほぼ同じキャストで作られた『燃えよ剣」(1970年NET
OSMANDで久しぶりに野島くんとコラボ。コロナ前からぶりかも知れず、楽屋でも舞台でも、マジック話が尽きないのだ。常連のMさんと一緒に、私も観客役になって、新作も見せてもらって大いに刺激受ける。まだまだチャレンジを続けると言う野島くんを見ていると、ジジイももうひといきガンバろうと、心新たにしたのであった。Mさんから大阪土産をいただいたのだあ。感謝感激!さあ頼まれものの作り物だらけの今週。合間を縫って、自分の手順も作るのだ。試演会でも、新しいことできるように、結