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三沢タイガー戦歴1987年10月21日~10月27日7戦(計564戦)10月21日(水)ジャイアントシリーズ第15戦熊本・熊本市体育館(10/24TV録画放送)45分1本勝負○阿修羅・原、天龍源一郎(16分59秒エビ固め)●仲野信市、タイガーマスク10月22日(木)ジャイアントシリーズ第16戦熊本・多良木町体育館60分1本勝負○ジャンボ鶴田、タイガーマスク、ザ・グレート・カブキ(21分25秒体固め)●川田利明、阿修羅・原、天龍源一郎10月23日
IBC岩手放送|燃える闘魂!アントニオ猪木展みちゃお!きいちゃお!IBC!www.ibc.co.jphttps://x.com/ibc_event/status/2043860426329563586?s=46&t=eB5rk9RaLqSnpCtd02cLqg
どーも、子連れおーかみです。あっという間に9月になってしまいましたが、相変わらず暑い日が続きますね。仙台も、今週観測史上最高温である37.4℃を記録しました・・・。一体どうなってんだか。そのうち真夏の日本は外出できなくなるという説も、あながち嘘ではない気がしてきます。一転今日は最高気温26℃で過ごしやすい。この位の気温だと、眠りが深くて疲労が取れますね!暑いといくらエアコンつけたまま寝ても寝苦しくて、明け方に目が覚めてしまう。妻のイライラも、性格の悪さだけではなく(笑)、この
三沢タイガー戦歴1987年11月7日2戦(計570戦)11月7日(土)エキサイティング・ナイト東京・後楽園ホール30分1本勝負○タイガーマスク、仲野信市(9分33秒回転足折り固め)●大熊元司、ジョン・テンタスーパーヘビー級バトルロイヤル12名参加退場順①ラッシャー木村②永源遥③寺西勇④阿修羅・原⑤ジャンボ鶴田⑥谷津嘉章⑥ザ・グレート・カブキ⑧高木功⑨ジョン・テンタ⑩仲野信市○タイガーマスク(7分44秒体固め)●鶴見五郎※優勝タイ
三沢タイガー戦歴1987年11月21日~11月26日6戦(計576戦)11月21日(土)87’世界最強タッグ決定リーグ戦第1戦(開幕戦)東京・後楽園ホール(TV生中継開会式)30分1本勝負△仲野信市、ハル園田、タイガーマスク(14分37秒両軍リングアウト)△高木功、渕正信、ジャイアント馬場11月22日(日)87’世界最強タッグ決定リーグ戦第2戦東京・後楽園ホール30分1本勝負△仲野信市、タイガーマスク(11分14秒両軍リングアウト)△鶴見五郎、ラッシャー
1987年9月17日に行われた新日本プロレス、世代闘争イリミネーションマッチ。この試合にアントニオ猪木の度を過ぎた「ドスケベさ」を感じずにいられません。1987年の新日本は色々ありすぎました。長州らジャパン軍団の電撃復帰、海賊男、ギブUPまで待てない、世代闘争、巌流島、前田蹴撃事件、たけしプロレス軍団、2度の大暴動事件、何年か分の「事件」がわずか一年の間に起こりました。この年の夏は世代闘争が行われていた時期。世代闘争が勃発した6月のIWGPリ
ザ・コブラ戦歴バーニングスピリットインサマー1985年6月28日から7月6日7戦(計327戦)1985年6月28日金曜日東京・品川プリンスホテル・アイスアリーナ(TV生中継)WWFJr.ヘビー級選手権60分1本勝負○王者:ヒロ斎藤(16分22秒ジャーマンSH)●挑戦者:ザ・コブラ齋藤が初防衛に成功1985年6月29日土曜日埼玉・越谷市体育館30分1本勝負△ザ・コブラ、星野貫太郎(12分53秒両者リングアウト)△ブラックタイガー、マット・ボーン
新・ドラゴン藤波大年表20251972年新日本プロレス旗揚げ「藤波は、猪木のもと、新団体の旗揚げに全力を尽くす」「旗揚げの日」藤波は記念すべき「旗揚げ第一試合」を藤波は、猪木のもと、新団体の旗揚げに全力を尽くす。道場を作り、チケットを売り、ついに迎えた「旗揚げの日」藤波は記念すべき「旗揚げ第一試合」をつとめる。●昭和47年(1972)18歳新日本プロレス旗揚げ●昭和42年(1972年)藤波18歳1月12日この日、「日本
ザ・コブラ戦歴1986年ニューイヤーダッシュ1986年1月31日から2月6日6戦(計422戦)1986年1月31日金曜日茨城・古河市立体育館(TV生中継コブラ登場無し)IWGPJr.ヘビー級王座決定リーグ戦30分1本勝負○ザ・コブラ(10分18秒体固め)●ジョニー・マンテル1986年2月1日土曜日宮城・石巻市総合体育館30分1本勝負□ザ・コブラ、星野貫太郎(15分55秒反則勝ち)■ケンドー・ナガサキ、後藤達俊1986年2月2日月曜日宮
49歳の決断、50歳の朝7時2026年1月、朝7時。最後の1行を書き終え、震える指で「提出」ボタンをクリックしました。画面に表示された「提出完了」の文字。1年間にわたる私のMBA生活、その集大成である「プロジェクト」を送り出した瞬間、深い静寂とともに、なんとも言えない熱いものが込み上げてきました。と言いつつ......締切りは10時。自宅のリビングで眠気と戦いながら必死でした(笑)※法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科(以下、イノマネ)では、
忌野清志郎スーパースター烈伝(2024年11月の投稿に加筆)アントニオ猪木編このブログのタイトル『忌野スーパースター烈伝』ですが、1980年代に少年サンデーに連載されていた「プロレススーパースター列伝」から頂いています😅。私、この漫画の愛読者でした。よく文中にでてくる、「アントニオ猪木・談」とか、「新間寿・談」は、よく友人たちとの会話で、ふざけて使っていましたね(笑)。梶原一騎が原作を書いていて、実質的には新日本プロレスとアントニオ猪木をプロパガンダする内
ここのところ竹脇無我主演の「姿三四郎」のBOXセットを買い込んで鑑賞中。原作は、富田常雄による小説『姿三四郎』。この小説、黒沢映画を始めとして繰り返し映像化されている。単に映像化されているだけでない。モハメド・アリvsアントニオ猪木で猪木がとった戦術は、姿三四郎がボクサーと戦う時にとった戦術であり、ニャンコ先生が、空中で3回転して足から着地するという技。「柔道一直線」の最後半に出てくる究極の技、「空気投げ」は、全て姿三四郎の得意技である。これだけ実際と符合すると、「どこまで?」と
Amazonprimeでアントニオ猪木名勝負10選が目に着き、昨晩ストロング小林戦を観ました。ダイジェストはこれまでにもう何度も観ましたが、通しで観たのは実はこれが初めてです。ガッチリ組み合い、力くらべをしながら互いに自分のペースに持ち込もうとしているのが画面から伝わって来ます。時おり放つ猪木の張り手とパンチ。そして小林の万力で挟む様な力強い腕攻撃。両者もつれる様にリング下へ転落してからは怒濤の様に試合は動きます。小林のベアハッグにカナディアンバックブリーカー。表情がいい。そして猪木
プロレス考察その5アントニオ猪木日本プロレス時代馬場はもと野球選手たしか最年少15歳で名門巨人のピッチャーとなったその後大洋ホエールズに移り風呂場で滑って大ケガ腕の腱を切った?ピッチャーが出来なくなったそこを力道山がスカウト入門時から特別待遇で順風満帆アメリカで大活躍猪木は神奈川県出身たしか14歳のころ家族でブラジルへ移民コーヒー園で働き奴隷生活しばらくして余裕ができた頃スポーツを始める円盤投げか槍投げをやっていきなりブラジル大会で優勝その頃た
昭和44(1969)年9月3日(水曜)、7月の放送スタートから約2か月が経過した時期のワールドプロレスリング(NETテレビ)番宣広告。今やテレビ朝日最古の継続番組とも謳われている。メーンイベントのタッグマッチがアントニオ猪木、大木金太郎vsティンカー・トッド、アート・マハリック、その前がミツツ・ヒライvsザ・ブッチャー(※アブドーラ・ザ~のほうではない)、さらにその前が山本小鉄vsジャン・セバスチャンというラインナップ。プロレス中継では珍しく一般紙に番宣広
■そもそも金運は一過性3の倍数の日ですが日曜なのでゆるーく運の話をひとつ♪古都先生最近は健康ヲタクになってません?あー♡最近みなさまによく言われます♪昨年の絶不調から今年に入っても思うように体力が戻ってません今年の夏の暑さを乗り切れるか不安なんですよねぇ↑珍しく弱気ほかのことはなんとかなる♡と言い切れるんですが暑さだけは古都の意思とは別物でいきなり不調が襲ってきますから用心ですちょっとまえまではお金さえあれ
[ファイトクラブ]故I編集長・週刊ファイト最後の3年間にバイトした酒井隆之さんに伺う[週刊ファイト6月19日]期間[ファイトクラブ]公開中▼故I編集長・週刊ファイト最後の3年間にバイトした酒井隆之さんに伺うby格闘技I記者編集部編・巨星アントニオ猪木さん訃報に各社特集号miruhon.net毎日のマスメディア露出も、7日目で途切れたか?と思っていたら、昨日、週刊ファイトの大先輩で現在、スポーツ報知で部長職につかれていらっしゃる、酒井隆之さんとの記事が週刊ファイトから、出
二代目タイガーマスク(三沢光晴)5年9ヶ月に渡る全戦歴・マスク遍歴紹介スタートします!まずはプロローグとしてうんぬんかんぬん記していこうかと。初代タイガーマスクが引退して一年ほど全日本プロレスにもタイガーマスクを登場させる計画が進行していきます。白羽の矢が立ったのが越中詩郎と共にメキシコ遠征中だったデビュー3年目の三沢光晴でした。(三沢タイガーとしての活動期間5年9ヶ月1984年8月26日~1990年5月14日)選ばれたその理由はG馬場から問われたコーナーポ