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(神奈川県横須賀市)梅つばき早咲ほめむ保美の里(うめつばきはやざきほめんほびのさと)松尾芭蕉こうやって写真だけ見ると、三浦半島はもう春の気配。今日は散歩をして、原稿書きをして過ごす。三浦富士の中腹まで登り、蜜柑畑、苺畑などのある麓を歩き、駅前のスーパーで買い物をして帰って来た。途中、山道でリスの4、5匹の屯(たむろ)と出会った。私を見つけたらぱっと散ってしまったが…。とてものどかでかわいかった。今日から衆議院選挙の公示が始まったのか?道を歩い
(神奈川県横須賀市長沢)【原文】奥羽(おうう)長途(ちょうど)の行脚(あんぎゃ)ただかりそめに思ひ立ちて、呉天(ごてん)に白髪(しらが)の憾(うら)みを重(かさ)ぬといへども、耳に触れていまだ目に見ぬ境、もし生きて帰らばと、定めなき頼みの末をかけ、その日やうやう草加(そうか)といふ宿(しゅく)にたどり着きにけり。【意訳】みちのくへの長旅をかりそめに思い立ち、遥か知らない国の旅空に年を重ね、ただ無駄に白髪を増やしてゆくことになろうが、耳にしながら、まだ見たことのない風景と出会い、も
(新潟県柏崎)文月や六日も常の夜には似ず松尾芭蕉(『おくのほそ道』越後)この句は越後…、つまり、現在の新潟県で詠まれた一句で、同じく越後で詠まれた『おくのほそ道』屈指の名句、荒海や佐渡に横たふ天河の手前に提示されている。〈荒海や…〉の句の素晴らしさについては言うまでもない。〈文月や…〉の句はもともと地味な句だったが、明治になり、正岡子規が『芭蕉雑談』の中で「悪句」の代表句のようにこき下ろしてから、さらにケチがついた。が、この句を、現代になって森澄雄
再訪鹿嶋御児神社(石巻)宮城県石巻市日和が丘芭蕉翁一行もここからの景色を見たとのことです。震災後しばらくの冬にご参拝して以来、小山の上から眺める海岸は開発が幾分進んだようです。参道階段を部活動の学生さんが昇り降りしていました、猛暑の朝。境内片隅に芭蕉の供養碑がありました(『おくのほそ道』所収ではありません)雲折々人を休める月見かな高倉勝子美術館宮城県登米市登米町寺池桜小路芭蕉翁一行のあとをたどりながら『おくのほそ道」の俳句の地を訪れる旅行もこ