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ご訪問ありがとうございます40代で結婚した晩婚子なし夫婦の東京下町ライフをゆるく書きつづっています。夫婦ネタ、40代ファッション&美容、お出かけ&グルメ情報など幅広いテーマで更新中♪今日、インスタでリール投稿しました。あやめ🍡東京下町グルメonInstagram:"📍有楽町「魚豪商コダマ」\2026年7月NEWOPEN🐟/2025年食べログホットレストランにも選ばれ、新橋で大人気の居酒屋「コダマ」の新店舗が有楽町にオープン!豊洲市場から毎朝仕入れる、鮮度抜群のお刺身や、
小泉今日子KK60〜コイズミ記念館@日本武道館。キョンキョン初の武道館ライブで自分にとってもキョンキョン初ライブでしたがオールタイムなボリューム感あるセットリストで大満足でした。80年代三大アイドル、聖子ちゃん(数年前)、明菜(10数年前ぐらい)のライブみましたが、現在では一番声がでていた気がしますね。ライブスタートが会場中の高木完さんのDJからの流れで、ディスコクラブの空気感からカバー楽曲でスタートしたのは驚きましたね。そこから往年の名曲続いて、メドレータイムは初期の楽曲を客席の親
〜〜〜ターンダウンって?(20)細野ピアノPart7・5番外編〜〜前回の細野ピアノPart7、サントラ類、再生YMO、ユニバーシアード、HIS、ラブ,ピース&トランス、ソロ・・・忙しい。やはり細野さんは、両極が同時に存在している感じがします。今回も、流れを追いながら細野さんのピアノ曲を取り上げよう、と思っていたのですが、家の中で細野さん関連作や資料を探して調べ、記憶を呼びおこし、時系列に、という作業をしていて、どうせならこのまま載せちゃえ!と。“歴史・細野晴臣”みたいに
1970年代後半、竹内まりやは慶應義塾大学の学生で、音楽サークル(リアル・マック)に所属していたが、本人にとって音楽はあくまで趣味に過ぎず、卒業後は普通に就職するか、実家の旅館(竹野屋)の手伝いをするつもりだったと言う。それが、どうしてメジャー・デビューまで辿り着いたのか?1977年、音楽サークル(リアル・マック)が、三田祭での活動の集大成として自主制作アルバム"SpecializedinYou"を制作し、そのアルバムにはメンバーだった竹内まりやも参加しており、数曲でリードボーカ
2026年8月発売オリコン最高22位私の中では、前作の「ALLMYLOVE」を112枚目としたから、本作は113枚目のはずなのだが、公式に本作は112枚目とされているのでこのブログでもそうさせてもらった。さて、このデビュー日と同じ8月1日に発売された新曲「I'mNeoG」、もしかしたら昭和世代のファンにはあまりピンとこないのかもしれないが、私的には革新的でクールな曲
「なんか違う」と思いながら、それでも小沢健二を追っていた僕はフリッパーズ・ギター信者だった。だから小沢健二という人を、最初から「オザケン」として知ったわけではない。小山田圭吾と小沢健二。この二人がフリッパーズ・ギターという、とんでもなく早熟で、生意気で、音楽オタクで、洒落たバンドをやっていた。その片割れとして小沢健二を知った。だから1991年、フリッパーズ・ギターが突然終わった後も、当然のように二人を追った。そして正直に言えば、解散後にしっくりきたのは小山田圭吾のほうだった。Cor