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3連休の最終日。お母さんと万博記念公園へ出かけた。2025年の万博会期中に間違えてこちらの公園に行ってしまったニュースあって、ネタやろ?!と思ってたけど、ここは1970年大阪万博の跡地である。モノレールを降りてゲートに到着すると…見えて来たよ赤と青のあの子。入場券を買ってゲートを通過する。おったきゃー久しぶりミャクミャク×太陽の塔なんかミャクミャクがとっても嬉しそうに見える2025年の大阪・関西万博の東ゲートで来場者を迎えてくれていたミャクミャクの「いらっしゃいませ」像が、
今日は切手のお話でも。最近の私のマイブームですが、今から55年前に開催された、大阪万博・EXPO70の切手を集めることです😃1970年の大阪万博の時は、現在開催している関西万博とは比べ物にならないくらい、日本全国が熱気に溢れて、盛り上がりがもの凄かったですねぇ~当時、小学校1年生だった私は、その熱気を今でも覚えていますよそんな中、日本以外の世界の国でもEXPO70はかなり盛り上がっていて、アラブ土侯国を含め、数多くの国から大阪万博の切手が発行されました。今回、ご紹介する切手はリベリア発
1970年代の日本は、戦後の高度経済成長と裏腹に、政治・社会への不満が若者を中心に爆発し、学生運動が激化していきました。その一部は次第に過激化し、やがて武力闘争やテロ行為へと移行していきます。その最も象徴的な存在が、日本赤軍・連合赤軍・赤軍派といった「極左過激派」と呼ばれる集団です。この記事では、当時の事件の詳細、背後にある思想や時代背景、そして悲劇的な結末までを、時系列で体系的に振り返ります。1969年1月18〜19日:東大安田講堂事件東京大学本郷キャンパスで、全共闘(全学共闘会議)を中