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国鉄時代の寝台車は客車が主体で、B(二等)寝台は片側に通路があって枕木方向に三段寝台が並ぶのが一般的なレイアウトでした。定員が多くても60名(大体は54名)であり、客単価が高いとはいえ座席車に比べて採算性が悪い寝台車は、少しでも定員を増やす工夫をしていました。電車寝台として開発された581・583系は、主に構造上の制約から中央通路で、その両側にレール方向に三段寝台が並ぶようになっていました。そのため定員も36~45名程度しかなく、客車(20系以前)より寝台の幅が広く取れたこともあり、客車より
こんばんは✨🌉昨日と今日になりますが、4月28日(日)〜29日(月)は、家族で旅をしました❗お父さん、たかくん(弟)、あたしになります。(お母さんは天国でいないです。)お父さんは、行きの大阪駅〜東京駅までを手配してくれて、たかくんは、行きの東京駅〜出雲市駅と、帰りの出雲市駅〜大阪駅までを手配してくれて、行先計画(観光)も立ててくれてました。あたしは何もしてなかったです。お父さんとたかくんにおまかせでした😌まずは、4月28日(日)、新幹線🚄で東京駅に向かいました
本日も、引き続き10系寝台のお話をさせていただこうと思います。古い資料が見つかりましたので、その辺の資料を参照させていただきながら、お話をさせていただこうと思います。開放式B寝台車のルーツは昭和6年まで遡る鉄道車両というのは、横には長く取れますが、幅は車両限界の関係もあって3m以内に制限されてしまいます。実際には、車体の厚みなども考慮されますので室内の有効幅は概ね2.6m程度になってしまいます。そこで寝台車というのは、開放式A寝台や、583系のような電車寝台を除けば、構造上、片側通