ブログ記事2,578件
↑網干に到着した113系K6?改編成の8連。全て1995年3月。震災復旧、復興期間には網干電車区113系に変則編成が生まれた。封じ込めクハ込みの7連が有名であるが、サハ111を2両連結した8連も生まれている。今、サハ111-5801が注目されているが、この8連に組み入れられていたのである。基本編成はその形態からK6編成と思われる。↑サハ111-7014?+サハ111-5801。編成はTc5064+MM'5027+T5801.7014+MM'5028+Tc'5314と思われる。
↑福知山運転所に113、115系併結で、なおかつ片運3連のY21編成が登場。前3両が当該で後3両にY編成を併結して運用された。1995年11月23日。数々の113系、115系を見てきた。最も変わっているのが↑この福知山のY21編成であった。基本編成が片運である。常に正規のY編成と6連で使用された。編成のユニークさでは定評がある福知山車であるが、これ以上のものはない。この編成の構成は9月まで嵯峨野線で使用されていた赤帯113系と0番台の115系モハユニットである。嵯峨野線での運用終
↑↓赤帯113系C21編成と瀬戸内色115系C22編成の併結8連が朝ラッシュ時の京都を目指す。全て嵯峨嵐山~太秦、1995年4月。関西の各線区では国鉄時代から分割併合運転が行われてきた。ラッシュ時とそれ以外の時間帯では輸送量に段差があったのだろう。昼間時に車両の保守、点検もやりやすい。JR嵯峨野線もそんな線区であった。今でこそ昼間も乗客であふれているが、30年前はそうでもなかった。だから4両編成が重宝される。ラッシュ時には併結8連が組めるからである。ホームの有効長もそのようになっ