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ご訪問ありがとうございます。今回は外交が中心の記事になります。8年春2月、身狭村主青ムサノスグリアオと檜隈民使博德ヒノクマノタミノツカイハカトコを呉国に派遣した。呉国というのは、三国時代(魏・呉・蜀)の呉以来、建康(南京)に都を置いた中国の東晋、また南北朝時代(439~589)の宋、斉、梁、陳を指す言葉です。この六国を六朝リクチョウといい、文化が花開いた時代でした。つまりこの記事は「宋」に遣使したということなのです。今まで「日本書紀」には宋に遣使したということはなかったのですが、こ
ソソノ=召西奴の二人の子どもの実父はチュモン=朱蒙/東明聖王(トンミョンソンワン)ではなく、若くして亡くなった前夫ウテ=優台である。チュモン=朱蒙との結婚の際にウテとの間にもうけた子ども二人を連れて行った。また彼にも扶余(プヨ)に置いて来た妻・へ氏夫人(ドラマの中ではイェソヤ=禮氏夫人)と長男・ユリ(瑠璃/後の瑠璃明王)がいた。✧·˚⌖.꙳✧·˚⌖.꙳✧·˚⌖.꙳✧·˚⌖.꙳✧·˚⌖.꙳✧·˚⌖.꙳✧·˚⌖.ドラマ『朱蒙』以
【再掲】ソソノさん好きです♥️歴史書に残る、鉄の女ソソノ。ソソノは卒本扶余(チョルボンプヨ)で最も強力な土着勢力、桂婁(ケロ)部の部族長で、大富豪のヨンタバル(延陀勃)の娘として生まれた。成長したソソノは、卒本地域の有力な土着勢力である北扶余のヘブル(解夫婁)王の側室の孫、ウテ(優台)と結婚し、ピリュ(沸流)とオンジョ(温祚)の二人の息子をもうけた。ところが、夫ウテが死亡し、未亡人となる。(歴史書な中の