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生まれも育ちも奈良県で、神社やお寺が好きなみくるです。先日、奈良市にあるとっても素敵な古社「登彌神社(とみじんじゃ)」に行ってきました。地元では「木嶋明神(このしまみょうじん)」って呼ばれて親しまれているのですが、これがまた静かで雰囲気のある神社歴史好きにはたまらない場所でした。ここがすごい!登彌神社の魅力3選✨日本書紀にも登場する超〜古社!そして「富雄」のルーツ!?登彌神社(とみじんじゃ)は、奈良県奈良市石木町に鎮座する式内社なのですが、『日本書紀』にもそのルーツが示唆されて
津秦天満宮(つはたてんまんぐう)紀伊国名草郡和歌山市津秦83(P有)■延喜式神名帳[合祀神]麻爲比賣神社の論社■祭神菅原道真公[配祀]天照皇大神知波夜比賣神木花咲耶比賣神中言神稲荷神草野比賣神(うしがみ)日前神宮・國懸神宮の南500mほど、和歌山市「津秦」に鎮座する天満宮。かつてはその境外摂社でした。◎「津秦」は古くは「津和田」と称されていました村は東西に二分され、入海であったとのこと。浜辺で「津渡」するところから転じた地名であると「紀伊国続風土記」は説いてい
三嶋大明神と出雲大社・本殿静岡県三島市に位置する三嶋大社は、伊豆国一宮、伊豆国総社である。主祭神は、大山祇命(おおやまつみのみこと)積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)社名の「三嶋」とは伊豆大島・三宅島等から成る伊豆諸島を指すと言われる。『延喜式』神名帳には伊豆国賀茂郡(伊豆半島南部・伊豆諸島)の所在と記載され、三嶋大社の現在地と相違することから、遷座説・郡名誤記説等の諸説が提唱され、三嶋大社の「三嶋」は、伊豆諸島の「御島」の尊称に由来するという
20254月24日~26日、京都府北部と滋賀県で神社巡りしました。今回は、天橋立の近くに鎮座する籠神社です。「元伊勢」(3)式内社(名神大)・丹後国一之宮籠神社このじんじゃ当社は天橋立の北側の地に南向きで鎮座します。写真は神門。◇鎮座地:京都府宮津市字大垣◇最寄駅:天橋立駅~3.6km(天橋立を縦断が最短)◇路線バス:天橋立元伊勢籠神社バス停~50m(丹後海陸交通/天橋立駅から乗車)◇観光船:一の宮桟橋~80m(丹後海陸交通/天橋立桟橋から乗船)◇御
先日真清田神社へ参拝に伺った時、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が御祭神として祭られていましたが、スサノヲさんの社が境内の隅の方に祭られていました。で、ご挨拶をして「ここにいらしたんですか?いつもお世話になっています。つきましては、・・」と話すと、「俺、今日はやらないよ」と即答で返ってきました。すぐに「ニギハヤヒからもらうように」との事。今まで、スサノヲさんからそんな言葉を受けた事がなかったので、不思議だなと思いましたが、でも良く考えたらここのご祭神は
天村雲は籠神社に伝わる日本最古の系図「海部氏勘注系図」や「先代旧事本紀」に登場する人物で、海部氏の始祖、饒速日命の孫です。饒速日命は大和を支配していた大王でしたが、狭野命が日向から大和に来たとき、狭野命に王権を禅譲したと言われています。狭野命は橿原で即位し大和朝廷の初代、神武天皇となります。ところが不思議なことに神武天皇と天村雲には共通点が多く見られます。日向出身であること、日向で1回目の結婚をしていること、日向から大和へ移住したこと、大和で2回目
土曜日の散歩の記事の最終話です。土曜日は昼迄の半日と決めて冒険をしています。基本は緑の多い場所と静かな山の中となりますね。ですから自然と神社仏閣訪問が多くなりますが、無宗教です。ですが、昔の人々の神の存在を信じて信仰する気持ちは重視し大事にしたいと思っています。不思議な事や話はとても興味がある"ムー民"です。岩蔵寺より国道168号線を南に数キロ矢田丘陵の森に鎮座する神社。稲蔵神社は、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)が降臨された場所とされています。鳥居の元の青い網の中には…