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石垣タウン近くの観光スポット(?)に向かいます。石垣タウンの町はずれにあるようです。凄く細い道に入ります。こんなところにあるのかな?すると、この休憩所のような建物発見です。看板には、”大浜地区歴史遺産広場”と書いてあります。ところが、ただの石垣と原っぱが広がっているだけです??少し森の手前に”史跡フルスト原遺跡”の文字が読めます。ここを目指してきたんです。ここは、第二次世界大戦中に日本海軍の飛行場”平得飛行場”が整備されたそうです。そうかここは
初フライト!なんだこのド安定機は!?マジでハンドキャッチできるんじゃないかってくらいド安定!!バッテリーの慣らしもしてないのに初フライトでアイドルアップ入れちゃいました(笑)初期設定だとちょっと動きが鈍いかなー?って感じますが、慣れたら煮詰めますかね。ちょっと気になるのはレスキューモード。RadiomasterのNexusに比べたら介入が弱い?もう少し勉強せねば。
暑い日が続きます、、暑さ対策の3種の神器扇風機とネッククーラーそれと霧吹きです飛行前に霧吹きでシャツとかズボンなどを霧吹きで吹き付けます、、放射冷却かな効果有りますよ。AXIONも調整出来て素直な機体です最近だいぶ昔の会員の方がまた始めるようです古い双発の機体です、、送信機は今や安全安心の70MH長いアンテナが安心感が有りますね。クラブ員のMさんより格安で譲っていただいたヒロボースカディエボルーションこれを電動化にしようと計画なかなか適当なモーターが見つかりません
戦争体験談、聞いたことある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう陸軍に所属していた祖父のお弟子さんはとても背が高くっていつもニコニコ優しかったけれど戦争の話はしなかったなぁ煙草が大好きでバイクに乗って良く遊びに来てた海軍に所属していた剣道の達人のおじさんは戦艦長門に乗船していたけれどやっぱり戦争の話はしなかったなぁ長門(戦艦)-Wikipediaja.wikipedia.orgウチの町外れには戦時中に迎撃機や
ニーハオ!台北人です。第二世界大戦の時には,台湾人も日本人にならされ,一緒に戦いました。今回は宜蘭県員山郷に残る[員山機堡](神風特攻機堡)についてお知らせします。1.歴史的背景:太平洋戦争下における宜蘭の戦略的地位1895年から1945年まで台湾を統治した日本軍にとって、第二次世界大戦末期(1943年以降)、台湾は「絶対国防圏」の重要な拠点となりました。特に宜蘭平野は、沖縄や日本本土へ向かう連合軍を迎え撃つための航空基地として極めて重要な役割を担いました。宜蘭の3つの飛行場:当時
先日、久しぶりに出かけたのがしらこばと運動公園バーベキューエリアたらふく食べて帰りの途中に気になったところへ【田んぼの中にコンクリートの塊が】至るところに広範囲にあり〼実は越谷陸軍飛行場の跡なんです太平洋戦争末期に急造され終戦間際に完成されました荻島飛行場とも呼ばれています建物の基礎や石橋、鉄塔基礎が残ってます交通量が多い一直線の道路はかつての滑走路カーブしている道は誘導路の跡GoogleMAPで見て見てください
昨日の「音」つながりで、ちょっとお話を…https://blog.ameba.jp/ucs/entry/srventryupdateinput.do?id=12966248690我が家は大阪府の郊外にあります。そして八尾空港に割と近いんです。この八尾空港。昔は南紀白浜まで定期便が出ていたそうです。この八尾空港には陸上自衛隊八尾駐屯地があり、自衛隊のヘリコプターが訓練等で飛びます。阪神・淡路大震災の時は、朝の7時頃から夜の8時まで頻繁に往来していました。夏には駐
8月15日。81回目。終戦記念日。柄にもないこと言っている奴です。映画「永遠のゼロ」の舞台となった特攻隊飛行場が?隣町です。映画で知って初めて地元の隣町だと知って、行ける距離・場所だったから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たった1回行って、もう絶対「2度目」は有りません。特攻隊員さんの手書きの遺書、2013年12月21日全国公開された映画。舞台となった実在の特攻