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気比神宮:福井県敦賀市曙町11-68椿大神社:三重県鈴鹿市山本町字御旅1871ここでとりあげる二社は全国的にもよく名の知られた古社である。由緒や祭神などは読者にお調べいただきたいが、この二社は祭神を祀る社殿の外に「土公」と称する神域を持っており、管見ではこうした聖地は民間信仰以外で他に見当たらない。まずは「日本の神々神社と聖地」から両社の「土公」について記された箇所を抜き書きし、併せて訪れた印象を記しておく。【気比神宮】気比神宮の境内地は11253坪に及び、そのなかに遺址として「土公」
土御門と陰陽師の関係土御門(つちみかど)は、日本史上、陰陽道(おんみょうどう)の中心的な家系として知られ、特に有名な陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)の末裔を名乗る安倍氏の支流です。陰陽師とは、古代中国由来の陰陽五行説を基にした占術、天文観測、暦の作成、呪術、災厄除けなどを司る専門家で、平安時代を中心に朝廷の陰陽寮で活躍しました。土御門家は、この陰陽師の伝統を代々受け継ぎ、国家の暦制定や祭祀を担う重要な役割を果たしました。以下で歴史的背景、役割、現代の状況を詳しく説明します。歴史的背景起源と安
島田秀平の旅杯より秘密組織「八咫烏」の実態に迫る!?🕶「賀茂氏が禰宜を派遣してくるから、賀茂が禰宜を背負ってくる最上位の三羽烏八咫烏が“裏天皇”とされる理由🕶「天=工+人表向きは陰陽道、裏は迦波羅。裏の陰陽師を漢波羅と言う。陰陽師の組織は朝廷の中に"陰陽寮"があって、そこに宮廷陰陽師がいて呪術的なことや暦などをやっていた。これはある種の公務員と言うか役人で、民間陰陽師が例えば『芦屋道満』とか。『安倍晴明』は宮廷側の陰陽師だから。宮廷の中ではない
自分が家相や風水というものに興味を持った一番はじめの時期、やっぱり最初に考えたのは「鬼門」のことでした。いろいろネットの情報を見たり家相などの本を読んだりして自分の知人の家やネットで確認できる店舗などのことを考えてみた・・・けれどうまく実態として「北東が悪い方位である」と概念には納得ができなかったところで、そこから中国風水に興味が向いていったという自分なりの履歴があったりします。そんな北東鬼門(あるいは南西裏鬼門)についてかなり本気で自分が調べた内容、考えている内容をま
今年が終わりに近づいたところで来年の運勢占いの前に、暦に載っている今年の占い本当に当っていたかどうか?現実に自分や周りの人に起きた出来事を比べて検証してみたいと思います。それによって翌年の占いに凶と出ていても『どうせこれは当たらないから』と気にしないでいられるから。占いの無い『神宮暦』ところで数ある暦には大概、九星別の運勢やら占いが載っていますが、伊勢神宮の『神宮暦』だけはそうした占いの今年の運勢ページがありません。その理由として巻末には、こうありました。日本
吉備真備様🐦⬛🙏✨御先祖様の師であり…八咫烏は賀茂氏の祖とされる吉備真備が天平十六年十一月(西暦744年)に藤原氏の朝堂独占に対抗するために聖武天皇の密勅により丹波国で結成したのが始まりという八咫烏陰陽道の始祖であり偉大な御先祖様、両親が活動されていた場所。聖武天皇の密勅がなければ…創られていなかった🙏生誕の国である岡山には…駅があり、公園まである。政治、軍事色々な才にあふれた方だった。御先祖様の導きがなければ…岡山には訪れてないだろう…今年初詣に訪れた下鴨神社にある