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沢田研二ヤマトより愛をこめて「ダーリング」の次にリリースされたシングルは、1978年9月10日発売の「ヤマトより愛をこめて」だった。この曲は、前作までの所謂「歌謡ロック」とはガラッと様相が変わった。「ダーリング」のような遊び心は陰を潜め、全編を通してしっとりと歌い上げる本格的なバラードとなった。オーケストラをバックにした重厚なサウンドで、沢田研二の圧倒的な歌唱力が際立つ楽曲となっている。この曲は、社会現象を巻き起こしていたアニメ映画『さらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち』
1970年代から80年代初めにかけて、スター誕生に合格してこの世に出て来た女性アイドルは圧倒的に多い。ところが、松田聖子はそのルートではなかった。どうして、スター誕生は彼女を見逃したのか?実は、松田聖子は中学生の頃に「スター誕生!」の福岡予選に応募したが、二次審査で落選している。当時の審査員や制作陣は、歌唱力だけでなくテレビ映りやステージでの立ち居振る舞いを採点で重視していた。歌は上手だったが、外見面で不合格になったと言われている。彼女がO脚(ガニ股)で歩き方がアイドルらしくな
沢田研二OH!ギャルジュリー好きの人は、どうして「OH!ギャル」(1979年)なんて採り上げるの?もっと別の良い歌があるのに、と思われるかもしれない。ところが、沢田研二が阿久悠の作詞によって提示するイメージ(方向性)に対して明確な違和感や嫌気を抱くようになったのが、この楽曲であるという意味で、重要である。実は、1978年の「カサブランカ・ダンディ」の時点でも、ジュリーは歌詞にあるボギー(ハンフリー・ボガート)への憧れにあまりピンときていなかったらしい。(沢田研二は阿久悠の11歳
沢田研二ダーリング「サムライ」の次にリリースされたシングルは、1978年5月21日発売の「ダーリング」だった。前作の重厚でストイックな世界観から一転し、軽やかなリズムに乗った、遊び心あふれるポップな曲へと路線を切り替えた。毎回、違ったジュリーの側面を見せて、ファンを飽きさせない作戦だったに違いない。軟派な色男が主人公で、もっと身近で、少し強引だけど憎めないプレイボーイのようなキャラクターをジュリーは演じた。歌詞も「指をからめ」「くちづけを交わし」といった、ダイレクトで都会的な恋
沢田研二2026LIVE!「freedom安堵courage」ツアー開始これまでは、お年玉ライブでしたが2026年1月14日(水)愛知県芸術劇場が初日1月だけでなく、前回の「甲辰静かなる岩」ツアーのバックバンドから5名が固定全国ツアーへと展開していくのでしょうか、、、、初日には参戦できませんでしたが、、、、流石天下のジュリー、セットリストなど、初日の状況はネットで伝わってきたので、ジュリー祭りが初体験の初心者のジュリーマニアとしては予習今回のツアー、お
カバー・アルバム『ムード歌謡〜歌姫昭和名曲集』2009年6月24日リリース1.経験作詞:安井かずみ作曲:村井邦彦編曲:村田陽一2.恋の季節作詞:岩谷時子作曲:いずみたく編曲:村田陽一3.夢は夜ひらく作詞:石坂まさを作曲:曾根幸明編曲:村田陽一4.他人の関係作詞:有馬三恵子作曲:川口真編曲:村田陽一5.面影作詞:佐藤純弥作曲:菊池俊輔編曲:村田陽一6.雨の御堂筋作詞:林春生作曲:B.Bogle
…なぜか昨年から時間に追われる毎日…と,いうより今までできていたことに時間がかかるようになってしまっただけかも…つまり“老化しているだけ”なのかもしれません…(-_-;)こんな私が次にあの楽しかった公演の場に向かえるのはいつだろう…?(;_;)…さて,そんな感じでしばらく生活圏に籠りそうな私にはこのようにどこかでKIINA.さまの歌声に触れる機会があるのはとてもうれしいことです↓★NHKドラマ情報2026.1.293:00回向院の茂七親分が
このまま二十才の階段をのぼればもう二度とうしろへ戻れないそんな気がします二十才前岩崎宏美1978年(レコード音源)二十才前岩崎宏美(NTV紅白歌のベストテン1978/3/20)19才の岩崎宏美が歌う「二十才前」(はたちまえ)。中学生の時に聴いたこの曲も僕が好きな一曲です。今回はこの曲について色々調べて感じたことを書いていくことにします。1)なんと穂口雄右の作曲。キャンディーズだ!「二十才前」は実にノリがいい僕好みの明るい曲。調べてみると作曲