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ユーイング肉腫になって4年が経ちました入院した時は15歳だったのに、もう19歳で。中学3年間より長い時間をここで生きてるんだなって思うと社会から置いていかれてる焦りとか不安もあるけど、でもやっぱり今生きていられていることが嬉しいかな!手放しで喜べるほどラクな道のりじゃなかったけど。物凄く大変だったけど。病気になるなんて思ってなかったし、病気になった時もまさかここまで長い間闘病することになると思ってなかった。中3の時に授業で書いた人生設計図(?)では俺はもう大学2年生のはずだった。当然大
第一子は早産ながら出産できましたが、その後4回連続初期での稽留流産と正常胚の完全流産、計5回流産を経験しています。これまでの経緯についてはこちら→はじめに(これまでのこと)***【おさらい】PGT-A正常胚移植4回目26wで胎児発育不全の診断となり、第一子出産時と同じく妊娠高血圧腎症のため31w2dで1005gの女の子を取り上げてもらいました無事NICUを退院し、自宅で養育中です***第一子第二子、両方とも31週1000g前後で出産
本日ベビちゃんの妊婦健診!そして退院後初の検診でした!11時〜診察予約でしたが主人は夜勤があるので行きだけ送ってもらって少しエコーみて早めにバイバイして(診察長いので。)私はタクシーでかえりまーす!!っていう作戦でした土曜日診察は特別枠なので誰もいないしおちびさんも連れてくか!っと3人で軽くおでかけ気分準備万端で出発して私は先におろしてもらって検査終わったので主人に連絡………スマホがなーーーーいごめんなさい完全にやりました。主人帰れないの確定です。笑でも主人は素晴
ということで、入院になりましたそろそろ入院しなきゃダメかもね〜、と言われ1ヶ月近く持ちました覚悟はできていたけれども、やはり、いざ入院と言われると、ガーンってなっちゃうもんですね先生から言われた瞬間に、車椅子移動になります病棟の準備ができたら、病棟の看護助手の方がお迎えに来てくださいました「大部屋か個室か」と希望を聞かれたので、「大部屋で」と。今までの出産では必ず個室希望を出していましたで、なぜ今回大部屋にしたかというと。。。今回の産院は、双子ハイリスク妊婦ということで今までのとこ
いつも応援ありがとうございます!!合併症の検査と治療で少しのあいだ一般病棟で診てもらってたけど、昨日無事に小児病棟に戻れました!!良かったー!!看護師さんもヘルパーさんもみんな優しくて、小児病棟とは違って最年少だからちょっと甘えたりもできて良かったんだけどでもやっぱり慣れない環境だからか結構疲れちゃって、心身ともにヘトヘトで特に今後の治療方針がガラッと変わる感じだったから考えなきゃいけないこと向き合わなきゃいけないこといっぱいで、中々俺の想い先生に伝わらなくて、しんどくなっちゃってさ😭
【記録】の記事では、僕の闘病中の高校生活の話をまとめています僕の経験が今闘病中の学生さんやその親御さんなどの参考になったら嬉しいです!!僕について中高一貫校に入学↓高1の5月に入院↓高1の2月に退院&復学↓復学失敗&不登校に↓高2の4月に再発&入院↓高3の4月に私立通信制高校へ編入↓卒業↓現在入院中の浪人生前回の記事からだいぶ経っちゃったけど、今回は「不登校になった話」を書いていきますの、つもりだったんだけど、色々書いてたら話が広がりすぎちゃっ
桜も咲き、春がやってきました。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。--------------------来る4月11日(土)に、ぼちぼちクラブ4月例会を開催したいと思います。ご連絡が遅くなって申し訳ございません。会場は、いつも通り大阪・森ノ宮の「大阪府立福祉情報コミュニケーションセンター」4階の「研修室」です。15年間の入院生活を強いられた彼の青春はどんな時間だったのだろう。どんないきさつで、今の暮らしを築いてこれたのだろう。嫌な体験ではあるけれど、忘れるわけにはいかない