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■はじめにNiccaの最終機種は1958年発売のNiccaIII-L(高級機)とNicca33(普及機)です。1958年5月にヤシカの子会社となり、社名を「ニッカカメラ」から「大邦光学」に改称。翌1959年にはYashicaIII-Lのマイナーチェンジ版のYashicaYF(当初、Yashica35Fair-Way)と、Nicca33をYashicaYE(当初、Yashica35E)に改名し発売します。今回は普及型のNicca33について調べてみました。■N
■はじめに今回は35mmワイドレンズカメラの先駆けとなった、OlympusWideです。OlympusWideの成功により、各社から続々と35mmワイド付きカメラが発売されました。1955年:OlympusWide(35/3.5)、KowaKalloWide(35/2.8)1957年:OlympusWideE(35/3.5)、OlympusWideS(35/2)1957年:MamiyaWide(35/2.8)、MamiyaWideE(35/2.8)、Kowa
■はじめに今回は田中光学最後の市販機、TanackV3(1958-12発売)です。当時の営業部員の証言で、VeryGoodの下記三拍子から、V3と命名した由。(1)精密かつ高度のメカニズム、(2)絶妙な使用感、(3)気楽にご使用になれる大衆価格価格は50/1.5付きで、SDの47,000円からV3は39,000円に値下げ。F1.9付きは36,000円。F2.8付きは29,000円。別の見方をすれば、IVSの後継機でV型、S33(1958)年発売なので、V3。因みに、Nicca
■はじめに今回は1952年発売のNiccaIIIS(TYPEIII-S)の改良型、1953年発売のNicca4(TYPE-4)です。しかし、翌1954年にNicca3-S(TYPE3-S)発売に伴い、短命に終わりました。■Nicca4(1953)の仕様シンクロ接点はNiccaIII-Sと同じ、FP/Xの2接点。NiccaIIISからの主な変更点は、1953-10の広告に記載ありますが、(1)シャッター系列変更と、最高1/1000。【注】幕速が遅い(シンクロ1/
■はじめにNiccaのTYPE-3はLeicaIIIに対応するモデルですが、幾つかのバリエーションがあります。今回、それらについて調査結果を纏めてみました。■NiccaIII(TYPE-3)1949年発売外観、仕様はNiccaOriginalと同じ。高低速シャッター速度も変更無し。T,B,1〜20,30〜500。製造番号は、#23,022〜27,653。約5,000台製造。NiccaOriginalが#23,021〜23,879だったので、同じ#23,xxx(S23
■はじめに今回はOlympusWideシリーズの最高峰、1957年発売のWide-S(Super)です。シャッターを倍数系列のSeikosha-SLVに変更したモデルは、WideSuper2となります。但し、ボデイの型名表示は”WIDE-S"のままで、広告やマニュアルはWideSuper2。大口径35mmF2、連動距離計、ブライトフレーム、等高級仕立て。■仕様Olympus35SII(1957)と共通ボディ。Olympus35-S(1957)は35SIIとレンズ
■はじめに今回はTanck用広角レンズの調査結果です。田中光学は製造番号に、レンズの(1)絞り、(2)焦点距離を使う事例が多いですね。その為、製造番号の最初がキリ番では無く、中途半端な数字となっています。元々田中光学はシネレンズのメーカなので、非常に多くのレンズ(L39,NikonS,Contax)をラインアップしています。■調査結果のまとめ35/3.520本、35/2.857本のサンプル確認結果、35/3.5は約400本、35/2.8は約1,300本製造。35mm総
■はじめに今回は35mmワイドレンズ搭載カメラのWalzWide(1958)です。ワイドカメラブームに遅れて発売された、廉価版のカメラです。■ワルツ社の略歴戦前、日本商会1951年、ワルツ商会として再開1956年、(株)ワルツに改名1961年4月、倒産。矢継ぎ早やの製品投入や設備投資で資金繰りが悪化し、初代Canonetショックで終焉。設備投資と増産を主導したのは、コパルから派遣された笠井社長の部下。コパルはCononetのシャッターの供給元で、事前に発売を知っていたにも