ブログ記事1,107件
私は昭和31年(1956年)生まれです。こどもの頃の娯楽と言えば、やはり漫画とテレビで、漫画については、ちょうど月刊誌から週刊誌へと時代が変わっていく頃でした。数多くの漫画家が現れては消えていきました。その中で生き残った漫画家はほんの一握りの人たちだったのでしょう。私のこどもの頃に、常に人気があった漫画家に「藤子不二雄」さんがいました。記憶をたどってみると、一番古い記憶は「海の王子」でしょうか。その後は「オバケのQ太郎」、「怪物くん」、「フータくん」、「パーマン」などが続きます。こども時代
2025年11月22日〜24日神奈川[前回▶︎藤子F不二雄ミュージアム②-ミュージアムカフェ-のつづきです。]川崎市藤子・F・不二雄ミュージアムfujiko-museum.com弟一家が到着しました!ちょうどそのころ、「みんなのひろば」にいたので、そこで合流。「みんなのひろば」は、ミュージアムの2階です。朝一番はこんなに空いてました。藤子F不二雄さんから生まれたみんなが出迎えてくれます!のび太くんのお家のジオラマ細かいところもちゃんと作って
CONVERSEのドラえもんの靴を買いました☺️IgotmyselfapairofDoraemonConversesneakers☺️ドラえもんは好きですか⁉️DoyoulikeDoraemon⁉️
大長編ドラえもんのび太の魔界大冒険での一幕。のび太の魔界大冒険という大長編での出木杉くんの登場シーンを紹介したい。魔法を使う夢を見たのび太くんは、野球をやっている最中も「こんな時魔法が使えたら・・・」とぼんやりしてしまい、ジャイアンの怒りを買ってしまう。ドラえもんやしずかちゃんに「魔法は空想」とたしなめられたものの、魔法がないなら、昔の人はウソつきだったのか?と煮え切らない気持ちをかかえ、出木杉くんの家に向かう。「わらわれるかもしれないけど……。」と切り出すのび太
本日も訪問ありがとうございます。そしてコメントやメッセージ。溢れ話をクスっと笑って下さり…ありがとうございます。投稿の励みになっています。そんな皆サマに感謝いたします。土曜日の昼下がりにこんにちは。先々週に行った旅行レポが放置状態でスマヌ💦忘れぬ内に…って言ってる間にそれすらコッテリ忘れてるって言うね((;≡д≡;i)))って事で、本当に記憶からこぼれ落ちる前にレポ書いてきますねー!!ディズニーへ行った次の日はドラえもんが大好きな我が長男の為に神奈川県川崎市にある…藤子F不
ドラえもんの「カムカムキャットフード」の話に出てくる「ラーメン富士」のどんぶりを使って、藤子・F・不二雄の出身地の名物「富山ブラック」を食べました☺️ViewthispostonInstagramApostsharedbyHiroyukiNishiyama(西山寛之)(@piroyuki_japan)
ご訪問ありがとうございます!読書、音楽、海外ドラマ、アニメ等々好きなものがありすぎる現役高校2年生です。いつもいいね、ありがとうございます😭コメント大歓迎です!今日は、ドラえもんについて。あの、私、前までは、ドラえもんのアニメオリジナル作品(原作をアニメにしたやつじゃないやつ)が、好きじゃなかったんですよ。F先生の息吹が感じられないじゃんって。でも、いや、違うな、って最近は思います。気づくの遅っ!笑今日、ドラえもんライフ2025春号の伊藤公志さんのインタビュー記事を読んで
「ドラえもん」が15日発売の『月刊コロコロコミック』にて最終回を迎えました。…といっても、漫画の最終回だったのではなく「コロコロ」の掲載を終了したのです。「ドラえもん」に最終回はありません。「コロコロコミック」は「ドラえもん」のために作られた雑誌です。小学館の学年別学習雑誌へ掲載されていたのをまとめて読めるようにと1977年に創刊されました。創刊号では200頁「ドラえもん」を掲載し僕も小学生の時、毎月購入してました。1996年に藤子F先生が亡くなったあとも形を変えながら、4