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生駒山役行者所縁の地旧鶴林寺鳥居707年に役行者が開山したという最初の場所の鶴林寺生駒山は日本最古の霊場で、かつて修験者たちの修行の場とされていたその1つ鶴林寺は山頂付近にあったが、その後2度も場所を変えている開山わずか5年後、和銅3年(712年)に行基が薬師如来をご本尊とした鶴林寺の前身である生馬院を下流の有里(第二阪奈道路壱分インター付近)に建設2度目の引越しは、平安時代初期に寺田用水を守る必要があることから上流に移し、水源獲得の役目もかねて、寺名も鬼取山鶴林寺と改称した儀
犬とのこと『犬とのことpart2そして、ブログお休みします』犬とのこと『犬とのこと』我が家の犬が入院してから10日ほどバタバタと過ごしていました家では喜んで食べていた好きなエサを持ちこんでもほとんど食べす少しでもとい…ameblo.jpがあって仕事以外のときは家でまったりと過ごしていました。犬の方はというと急に何か体調が💨ということはなくなり様子をみている状態肺に水が少しずつ溜まっていきいっぱいになると水を抜いてもらって息をしやすくします肺に直接針を刺して抜くそう
【2026年4月15日】東京の大仏さまを巡る4月。この日も新宿区の寺院にいらっしゃる大仏さまにお会いするため、都営地下鉄大江戸線の「牛込神楽坂」駅へ。目的地となる寺院は、駅から歩いて数分の近距離にあるのですが、駅の改札から出口までが、とんでもなく長い…(笑)。歩いても歩いても、なかなか出口が見えてこない直線の地下道を、コツコツと足音を響かせながら歩いていきます。10分ほど歩いて、ようやく外への出口に到着。ここまで来れば、もはや目的地に着いたも
さくらんぼの里として知られる山形県寒河江市。その北の丘陵に、1300年近い歴史を持つ本山慈恩寺(ほんざんじおんじ)があります。天平18年(746年)、聖武天皇の勅命によりインドの僧・婆羅門僧正が開いたと伝わる古刹です。江戸時代には東北一の寺領を誇る巨大な祈祷寺院で、現在も広大な一帯が「慈恩寺旧境内」として国の史跡に指定されています。茅葺き屋根の本堂や三重塔が立ち並び、堂内には平安時代から鎌倉時代にかけての仏像が数多く伝えられています。国や県の指定文化財の数は東北でも有数です。そんな本山
▲宝珠山如宝寺室積西之庄にある如法寺の紹介です。如宝寺は明治三年(1870)の神仏判然令によって、同地の如意寺と宝積院および田布施の戸倉寺、竹林寺が合併し如意寺の地に如宝寺を創建したのが始まりです。●宝積院元々は千坊山にあった真言宗の千坊山三百坊宝積院妙相寺が火災で焼失したため、焼け残った仏像や宝物を集めて宝来山へ移り、宝来山三百坊宝積院妙相寺を建立した。その後無住となり寛永の時代(1624年~)には寺も荒れ果てたが禅宗の賢勝という僧が再建し、臨済宗に改めた。開山賢勝和尚の
大山寺から次は西國寺へ西國寺【さいこくじ】西國寺は天平年中、行基菩薩創建と伝えられ、真言宗醍醐派の大本山です。ある日、尾道に立ち寄られた行脚の中の行基はその夜、加茂明神の霊夢を見て、その御告げによってこの地に開山したと言い伝えられます。時は西暦729年のこととされています。1066年に本堂炎上、行基作の本尊薬師如来も焼滅しましたが、永保元(1081)年、平安朝白河天皇の勅命により再建今に至ります。伽藍の規模は正に西国一という意味を込め、西國寺と名付けられました。寺号標尾道三
2026.3.8参拝記録にお立ち寄り下さりありがとうございます名古屋市中村区桃水山薬師寺別名岩塚薬師朝の新聞の折込チラシの中にお知らせがあり(こんなに近くにお寺があったんだ…しかも25年に一度の御開帳なら今しかない…)歩いて行ってきました秘仏御本尊薬師如来さまはとても美しくお優しいお顔をしておりましたそしてこんなに大きな布袋様を見たのも初めてでして…福をたくさんいただきましたよ
小豆島霊場第20番佛ヶ滝(ほとけがたき)由緒:天平の昔、弘法大師御修行の霊地にして、願いを国土安泰ならん事を発し、結願の暁、彼方此方の谷間より、佛菩薩感応して、御立ち成られしより、大師名付けて「佛ヶ立」と号す。大師の霊徳洞窟に集まり、霊気一段と高く、参禅の修行者、錫を留める者数知れず。特に大師の残せる御加持石は、不思議な霊徳を授かる碁石とて、十余年間子宝に恵まれぬ人が子を授かり、縁の遠い人が良縁に、難病から救われる等々、念力の手形も加持力を一身にうける霊場である。山河に富み、の美、神
年が明けて初詣に、茨城県桜川市の雨引山楽法寺(雨引観音)に行ったら、御開帳をやっていました。普段、秘仏の御本尊“延命観世音菩薩”は扉に閉ざされていて、お目に掛かることは出来ないのですが、12年に一度だけ御姿を見ることが出来るのです。前回は、コロナ禍の特別開帳で6年前の令和3年に公開、その前は、平成26年に公開していて、昭和9年以来、80年ぶりの御開帳でした。本堂の中にある御本尊の御手に結んである御手綱(五色紐)が鰐口紐に結んであるのが見えます。御開帳のときだけ御手綱参拝といって御本尊様
藤白神社から次の禅林寺へ2㌔のぶらりです鈴木屋敷藤白の鈴木氏は平安時代の終わりころ、熊野からこの地に移り住み、上皇などの熊野参詣の際の接待などをおこなうとともに、ここを拠点に全国3,300あると言われる熊野神社を建立し、熊野信仰を広めましたその後も藤白鈴木氏は1942年まで122代にわたり、藤白王子社の管理を行うなど深い繋がりを持っていました神武天皇東征の時、鈴木家の祖先が天皇に稲を献じたので「穂積」という姓を頂いたが、この地では稲を積み重ねたものを「すずき」と言ったことから「鈴木」
日本海🌊今朝は穏やかな晴れ☀️最高❣️のドライブ日和渋滞もなくスムーズ快適今日の立ち寄り場所は明通寺最近は国宝巡りにもハマってます車を降りただけでうん❣️ここ好き❣️そんな感じ素敵な影には厳しさがあるのは感じます。こんな日はきっとご褒美のようなもの受付でご住職が案内してくれるとありがたい🙏私はあまりにも学んできてないので説明してもらわないと…下調べくらいと思うかもですがなかなか💦なんとも言えない山門思わず目がキラキラしちゃうきっと紅葉🍁の頃は最高なん
2026年04月27日(日)「立岩神社」からほど近い場所に「一畑薬師(いちばたやくし)」があります。正式名称は、醫王山一畑寺(いおうざんいちばたじ)、出雲市小境町にある寺院。宗派は臨済宗妙心寺派で、一畑薬師教団の総本山で、一畑薬師とも呼ばれ、「目のお薬師様」として知られています。「目のお薬師様」と云われ始めた縁起※一畑薬師のHPからお借りしました。縁起|一畑薬師(総本山一畑寺)(1)雎鳩飛翔(みさごひしょう)一畑薬師は、臨済宗(禅)のお寺で、一畑薬師教団の本山です。今からお
本年(2026年)7月14日~9月6日まで、東京国立博物館(以下、東博と略記)で開催されていた特別展「弘法大師生誕1250年記念空海と真言の名宝」で拝観して来た仏像を取り上げるシリーズ。取り上げようと考えている仏像は、今回を含め、いよいよ残り3仏となった。今回は、国宝にも指定される仁和寺の薬師如来坐像を取り上げる。(※写真は全て、現地で購入して来た図録より)仁和寺の歴代御室門跡の位牌をまつる霊明殿の秘仏本尊である。付属の文書や、江戸時代の厨子背面の朱漆銘から、弘法大師請来との伝承があ
こんにちは😃2/9「八坂神社と神仏の歴史」が開催されると言う事で申し込んでおりました所参加出来ると言う連絡が来まして出席して来ました。(無料)わが家に八坂神社の御札を授かり(お友達が頂いてきてくれました!)お祀りさせて頂いてますが、その御札と言うのが大変珍しい御札で「八坂神社の速素戔嗚尊・比叡山延暦寺の薬師瑠璃光如来」神仏習合の御札となってます。詳しく調べるでも無く、ご利益がありそうだと言う気持ちだけでお祀りさせて頂いてました。今回参加出来た事で、ようやく神仏習合の御札の意
埼玉県秩父郡皆野町の静かな山里・三沢地区に佇む二十三夜寺(医王寺)。正式名称は「師慶山医王寺(しけいざんいおうじ)」といい、地元の人々からは古くから「三沢の三夜様」と呼ばれ、深い信仰を集めてきました。「二十三夜寺」という珍しい名前は、ご本尊である勢至菩薩(せいしぼさつ)の縁日が旧暦の毎月二十三日にあたることに由来しています。勢至菩薩は午年(うまどし)生まれの守り本尊として知られ、智慧と決断力を与え、人々の迷いを光で照らし出す力強い仏様です。秩父の名峰に囲まれた谷間に位置し、春は山桜、夏
こんにちは今日も見えたものを一緒にひも解いていくチャネラーしらたまです⬇しらたまについてはコチラ『しらたまキャラ図鑑①☆クセ強メンバー集合!気が付けば、こんなことになっていました…』こんにちは今日も見えたものを一緒にひも解いていくチャネラー、しらたまです今回は、はじめましての方のため?自分のため??気が付けば、なぜかキャラが増えて…ameblo.jpさてさて今日は公式LINE登録者さま限定の一斉無料ヒーリング✨
おはようございます♪くりたまです。日本三薬師の日向薬師(ひなたやくし)に参拝しました。神奈川県にある小田急線の伊勢原駅から、日向薬師のバス停へバス停から、日向薬師まで20分ほど石段を登ります。参拝のご案内10分ほど歩くと仁王門に到着立派な仁王門ですね〜何十万人という人々が踏みしめた歴史を感じる石段を登っていきますやった!本堂が見えてきました仏様の世界が待っている感覚に、ワクワク宝城坊(ほうじょうぼう)日向薬師手水の水が冷たくて気持ちいい目をコロコロして治してくださるお薬