ブログ記事10,936件
すバレンタインデーのチョコレート好きピがとっても喜んでくれて嬉しかった💕今年初1/5に、末期癌ですと確定診断されて半年から1年って余命宣告されてからメンタル超不調で、言い掛かりばかりかまして疲れさせる嫁さんで、誠に申し訳ないよ~💦彼の言葉の使い方の些細な事が癪に障り引っ掛かり、苛立ってそれどういう意味⁉️何でそんな言い方するの⁉️と声の限りにヒステリックにわめきたてるヒステリー発作に我ながらびっくり驚いているの😱‼️私は、穏やかに話す方だったのに~💦喉が痛いよ龍角散の
こんにちは百花ももはなです仁和寺と梵字展①のつづきです休憩所で一息ついて金堂にお参りしたあとスタンプはと探していたらミストが出てきましたモコモコモコモコあっという間に霧のような幻想的な雰囲気に涼しくて気持ち良かったです広範囲に霧が発生してみんな大喜びでした金堂からお不動さんへ一願不動様記憶をたどりながら歩いていきますとそうでしたっ長い柄杓でした甦る記憶お久ぶりでしたので嬉しくなりました
青森県むつ市、下北半島の奥地に広がる恐山。硫黄の噴煙が立ちこめる荒涼とした岩原と、エメラルドグリーンに輝く宇曽利湖が共存するその風景は、まるで現世とあの世の境界線に立っているかのような、不思議な感覚を呼び起こします。恐山は、高野山(和歌山県)・比叡山(滋賀県)と並ぶ「日本三大霊場」のひとつです。平安時代から「死者の魂が集まる場所」として信仰されてきたこの地は、今もなお多くの人が故人の供養や自らの浄化を求めて訪れる霊場です。この記事では、恐山菩提寺のご本尊・ご利益・境内に祀られている仏様・
6月28日.中国広東省で、12歳のDQNアホボケカス💩以下のクズクソガキ共に、暴行の上、生きたまま焼き殺された、野良犬の旺旺(ワンワン)ちゃん母子。今日8月15日で四十九日を、迎えました。四十九日の守護仏は薬師如来様。御真言は、おんころころせんだりまとうぎそわか🙏虹の橋の一面のラベンダー畑で、薬師如来様に抱かれ癒される、旺旺ちゃん母子と、五鈷杵でお加持されるお大師様、それを見守る、虎哲霊です。イギリスBBC、アメリカCNN、オーストラリアのABCは、大々的に報道
おはようございます♪くりたまです。兵庫県西宮市にある門戸厄神(もんどやくじん)東光寺(とうこうじ)へ参拝しました。厄除け開運・厄払いで有名なお寺です。境内図天長六年(829年)に嵯峨天皇の厄年(41歳)にあたり、弘法大師によって開基されました。天皇の夢に現れた愛染明王と不動明王が一体となって災厄を打ち払う様子を弘法大師に伝えられました。弘法大師が嵯峨天皇の夢に基づき、白檀の木に3体の明王像を刻んで祀ったうちの1体が、東光寺の厄神明王像です。厄神龍王の壁画ご本尊薬師如来さまご
トロッコ電車と徒歩でしか行けない秘境の温泉…黒薙温泉へ。まずは宇奈月温泉に行って、トロッコ電車に乗ります。車の場合はこのトロッコ電車近くの有料駐車場ではなく、もっと手前の立体駐車場にとめます。数百メートル手前の古そうな立体駐車場は、黒薙温泉の指定駐車場なので、そこに車をとめて駐車券を旅館で渡すと、チェックアウトのときに立体駐車場の無料券がもらえます。旅館では請求書の中に駐車場代金500円が計上されているはずなので、実質500円で1泊2日とめられるということになります。このトロッコ電車近辺
徳島県の南端近く、ウミガメが産卵に訪れる町・美波町(旧日和佐町)に、真っ赤な塔がひときわ目を引くお寺があります。四国八十八ヶ所霊場の第23番札所「薬王寺(やくおうじ)」です。「厄除けといえば薬王寺」と言われるほど、その名は全国に知られています。年間およそ100万人が訪れ、正月や厄年のシーズンには石段が人でびっしり埋まるほど。徳島県を代表するお寺であり、四国霊場のなかでも屈指の賑わいを見せる場所です。そして薬王寺を語るうえで欠かせないのが、参拝者が石段に一円玉を一枚ずつ置きながら登ってい
埼玉県秩父郡皆野町の静かな山里・三沢地区に佇む二十三夜寺(医王寺)。正式名称は「師慶山医王寺(しけいざんいおうじ)」といい、地元の人々からは古くから「三沢の三夜様」と呼ばれ、深い信仰を集めてきました。「二十三夜寺」という珍しい名前は、ご本尊である勢至菩薩(せいしぼさつ)の縁日が旧暦の毎月二十三日にあたることに由来しています。勢至菩薩は午年(うまどし)生まれの守り本尊として知られ、智慧と決断力を与え、人々の迷いを光で照らし出す力強い仏様です。秩父の名峰に囲まれた谷間に位置し、春は山桜、夏
白池地獄から車で5分ほど移動しますと国指定名勝の二カ所があります楽しみにしていた血の池地獄です売店がありまして名物血の池軟膏を販売しています興味津々。。1500円でした(ちょっと試したいのでもっと小さなサイズもあるといいのにね)この温泉の赤い粘土で皮膚病に効く軟膏が作られているそう泉温は78度石仏がありましたたぶんお地蔵様ですこちらは。。薬師如来かな?立派でした階段があり高台から見下ろしました血の池地獄にも足湯があるので入りました♨️血の池地獄
薬師如来の縁日と定められた毎月8日の中でも、1月8日は「初薬師縁日」として、薬師寺の白鳳伽藍金堂では盛大な中にも厳粛な法要「薬師縁日・大般若経転読法要」が厳修されます。大般若経とは・・・玄奘三蔵が印度より持ち帰り翻訳した1335巻のお経の中で、約半数の600巻を占めるものです。転読とは・・・お経の初・中・終の数行だけを略読することです。年の初めに世界遺産でもある薬師寺の厳粛な法要に訪れてみてはいかがでしょうか!初薬師縁日・大般若経転読法要[開催日]令和8年
往時には堂舎24宇・支院僧坊30余寺あったと伝えるが、元亀2年(1571年)織田信長の比叡山焼き討ちの際に焼失し、延享3年(1746年)再興が図られた。現在は数棟の堂宇が残るのみで、本堂は1916年建造。石造宝塔(伝小槻今雄宿禰墓)元慶8年(884年)7月7日に没した今雄の墓とされる。元は境内裏山に残る法光寺古墳群(3円墳から成り中央主墳が今雄の墓とされる)の墳丘上に建っていたとされる。毎年7月7日、今雄忌として供養が行われている。苗鹿地蔵堂苗鹿地蔵は最澄が彫ったとされる「坂本六地蔵
室積でこの近年、消えてしまったものの紹介です。①白雲稲荷大明神(室積東ノ庄)平成十六年(2004)に管理、総代の方が不在となり閉じられました。榊が供えられています。まだ地元の方が訪れていらっしゃるようです。②正木稲荷社(室積正木)維持管理が難しくなってきたという事で、平成二十四年(2012)廃止となりました。③御手洗観音(象鼻ヶ岬大師堂境内)老朽化または破損の為に撤去されたと思われますが、正確な時期がわかりません。三枚目の写真が最新で
先月の京都滞在の最後の参拝はこちらです。平等寺(因幡堂)御本尊は薬師如来になります。縁起によると、今から約1千年前、橘行平という貴族がいました。村上天皇の命により因幡の国に赴き、神事を済ませ帰路に着いたところ急病になりました。ある夜、夢に現れた僧が「因幡国賀留津の海中に一つの浮き木がある。その浮き木は衆生済度(人々を救って悟りを得させるため)に遠くの仏の国からやってきた。あなたは速やかにこの浮き木を求めて供養しなさい。そうすれば必ず病気は治る。さらに一切のあらゆる願いが成就する
年が明けて初詣に、茨城県桜川市の雨引山楽法寺(雨引観音)に行ったら、御開帳をやっていました。普段、秘仏の御本尊“延命観世音菩薩”は扉に閉ざされていて、お目に掛かることは出来ないのですが、12年に一度だけ御姿を見ることが出来るのです。前回は、コロナ禍の特別開帳で6年前の令和3年に公開、その前は、平成26年に公開していて、昭和9年以来、80年ぶりの御開帳でした。本堂の中にある御本尊の御手に結んである御手綱(五色紐)が鰐口紐に結んであるのが見えます。御開帳のときだけ御手綱参拝といって御本尊様
生駒山役行者所縁の地旧鶴林寺鳥居707年に役行者が開山したという最初の場所の鶴林寺生駒山は日本最古の霊場で、かつて修験者たちの修行の場とされていたその1つ鶴林寺は山頂付近にあったが、その後2度も場所を変えている開山わずか5年後、和銅3年(712年)に行基が薬師如来をご本尊とした鶴林寺の前身である生馬院を下流の有里(第二阪奈道路壱分インター付近)に建設2度目の引越しは、平安時代初期に寺田用水を守る必要があることから上流に移し、水源獲得の役目もかねて、寺名も鬼取山鶴林寺と改称した儀